世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1285
世界経済評論IMPACT No.1285

マクロノミクスの解明:源流はケインズ以前にも

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2019.02.18

正統と異端の理論を混在させた政策「急進的中道主義」

 正統とはその時代,その社会において最も妥当とされる思想や立場であり,異端とはその反対に正統と認められない思想,学説,信仰を指す。フランスの経済理論を系譜によって眺めていくと(Le Monde Diplomatique 2015 juillet号),3つの座標軸のなかでマクロン経済学をより明確に把握することができる。第1に経済学の流れをケインズ以降とされる近代経済学以前の18〜19世紀にさかのぼることがどうしても必要である。とくに欧州経済を論じる場合にはこのように歴史の時間軸を近代経済学の祖とされるケインズ以前の経済学に遡る必要がある。資本主義を生産手段の集団的収奪体制としたマルクスと対比される労働価値と分業こそ均衡に至る道であるしたスミスとリカードらとの対立軸,第2に限界学派の登場による合理的な市場均衡モデルを強調する新古典派,その新古典派の市場均衡を否定する不完全雇用を公的介入で解消しようとするケインズ主義の対立軸が見えてくる。

 第3に現代経済学としてはマクロンの経済政策の性格はケインズと新古典派を統合させながら政策のマクロ的経済効果をモデル化しようとするツールーズ大学教授で2014年ノーベル経済学賞のジャン・ティロールのようなニュー・ケインズ学派,公共投資の有効性を肯定するケインズ主義,労働改革などにみられる政労使関係の調整に見られるような制度派的なコンベンション学派などをそれぞれ包摂した性格を有したものがマクロンの経済学であるということができる。正当たる新古典派に対する異端としてのケインズ学派,時間をおいて正統派になったニュー・ケインズ主義に対する異端としての制度と調整を主張するコンベンション学派,このように正当と異端の理論を混在させた政策がマクロンの経済政策と言える。

 マクロンの政治経済思想は,フランス革命時に立憲君主制を標榜したフイヤン派の流れを汲む自由社会主義である。ジャコバン・グループの右派が左派から脱退したのがフイヤン・クラブである。国王の責任を追及する左派に対し,議会と国王を共存させようとした右派が中道左派だがその穏健派と言われる所以である。マクロンの大統領直下型の統治スタイルから国家主導型のジャコバン主義と呼ぶ学者も多い。ベルギーのシャンタル・ムッフ(Chantal Mouffe)教授は「急進的中道」(centrisme radical)であるとしている。このような歴史的な経緯や背景を考えていくと,左翼と保守という対抗軸で考えると中道の中心に限りなく接近した中道右派に位置付けられるであろう。

ジャン・ティロールらの3大大学経済学派が影響力

 現在の経済学派の見取り図マップとして4象限の分類でフランスのシンクタンク,研究所,大学,国際機関,著名エコノミストなどプロットした研究成果の図表は,市場対調整,理論・モデル対実証・帰納の座標軸で観察したものである。

 マクロンの経済政策に影響を与えているジャン・ピザニ・フェリー(Jean-Pisani Ferry)らのグローバル化の波にフランスの競争力を強化ししようとする学者は市場供給主義のエコノミストの一群であろう。現代フランスの経済思想は例えば大学など高等教育では3つの大学において講義される経済学がいわば学閥を形成しているといわれる。ル・モンド紙の分析によれば2014年にノーベル経済学賞を受賞したツールーズ大学経済学ビジネス・スクール(TSE)を率いるジャン・チロール(Jean Tirole)はその著書「公共財の経済学」を著すなどして威信を高めている。パリのコレージュ・ド・フランスの経済学教授フィリップ・アギヨン(Phillipe Aghion)も隠元たる影響力をふるっている。この2つの大学に続いて最近,注目され始めたのがエックス・マルセーユ計量経済学研究グループ(Gregam)である。GregamはINSEE同様に市場でも調整でない中立にあるが,そのアプローチはもっとも実証的で帰納法なものである。それ以外のティロールもアギオンも同じようなイデオロギーに立ちながら理論的でモデル分析を旨としている。

 しかしながらもともとケインズ的で公的な調整をその特色としてきたフランス資本主義では経済的不平等を地球規模で歴史的に論じたトマ・ピケティ,欧州における公共政策の名を借りで強要する緊縮政策に代替する路線を標榜するアンドレ・オルレアンなどのいわゆる左派系エコノミスト集団,「愕然とするエコノミスト」と称する流れもフランスの経済思想を理解する上では避けて通れないであろう。これらのエコノミストには市民や消費者を多国籍企業から擁護しようとする運動ATTACなどの考え方も重要である。

欧州という地域主義はグローバリゼーションという名の隠れ蓑か

 現代欧州の各国経済を論ずる場合の「苛立ち」がある。金融政策が欧州中央銀行の権限に属する外生変数であるという点である。そうするととくにユーロ加盟国では経済政策を自由裁量で処理できるのは財政政策と労働政策だけということになる。よく知られているマンデル・フレミング・モデルを今の欧州ユーロ圏の経済に当てはめてみると次のようになる。ユーロ圏域外の対世界は変動相場制である。この場合には為替レートの調整を通じて財政政策の効果は中和されて,金融政策のみが有効なツールとなる。逆にユーロ圏域内の2国間関係では固定相場制であるので逆に財政政策のみが有効となるのである。

 もうひとつの苛立ちはEUの政府や企業家と議論しているとかれらが世界とかグローバル化と称しているなかには,EU内の取引通貨が同じで国境線を境に向こう側に見える隣国も全部,「外国」扱いなのである。いうなればGDPに対する輸出比率は同じユーロ通貨圏の国との貿易も全部包含するのである。本当のグローバル化比率は要するにユーロ域内の取引を省いて論ずる必要があるのではないか。従ってEUとかユーロ圏市場への企業努力が世界市場進出にように語られるのは無理があると考えられる。あるいは欧州という地域主義はグローバリゼーションという名の隠れ蓑なのであろうか。あるいは各国とも戦略的産業を保護強化育成しようとする経済愛国主義はグローバル市場主義とどういうつじつまをあわせればいいのだろうか。

地方軽視が反発を呼んだ

 最後にマクロン大統領の登場以来,1980年代以降,何回かの大きな地方分権化の政策が打ち出されてきたが,地方自治体の重要財源であった住民税の撤廃に伴う地方自治体の財源収入の不安や,県道の自動車の80キロ時速制限など田園農村部の地域のひとびとの反発を買うような政策が打ち出されて,地方改革の動きが後退した感が否めない。この辺にもジレ・ジョーヌ運動の登場につながっていく土壌があったのではないか。

[注]
  • Jean Daniel, Valls, Macron : le socialisme de l’excellence française : pour un manifeste feuillant, Nouvelles Françoises Bourin, Paris, 2016
  • Jurgen Habermas, En compagnie de Jurgen Habermas, Le monde 23 février 2018
  • Alain Lefevre, Macron le Suédois, PUF 2018
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1285.html)

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