世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ政権の通商政策再考
(静岡県立大学 名誉教授)
2018.11.05
トランプ政権の通商政策はロジックに誤りがあり,確実に米国の経済厚生と成長率を低下させると思われる。貿易赤字を損失とみて,個別交渉で赤字削減を要求するのは問題であり,貯蓄不足と財政赤字を改善するのが正しい政策である。しかし,強引な通商交渉を展開し,WTO脱退も辞さないという強硬姿勢を維持している。
国防条項を振りかざし鉄鋼,アルミに25%の関税賦課を決定し,それを取引材料にするという乱暴なやり方でEUを高所に引き込み,韓国とのFTA再交渉では鉄鋼輸出の数量規制を承諾させた。NAFTA再交渉でもメキシコ,カナダを屈服させ,数量規制と域内生産比率の引き上げ,主要部品の域内生産義務など,域外からの輸出に障壁を課した。中国には制裁関税を発動し,全面的な貿易戦争も辞さない強硬姿勢をエスカレートさせている。日本,EU諸国も中国の強引な要求に不満を抱きながら妥協を強いられてきたが,米国は正面から対決する強さを示した。
このような強い交渉姿勢に米国内での支持が急速に拡大している。米国の保護主義は自由貿易の障害となり,TPPからの脱退が示すように,二国間取引重視,多国間交渉は軽視という姿勢を貫徹している。米国第一を主張し,その通商姿勢が激変したように見える。しかし,振り返ってみれば,自由貿易体制の発展を理念,建前としたが,歴代大統領もすべて米国の利益を追求してきた。1970年代末から1990年代央までの日米貿易摩擦の時代を思い起こせば,数量規制,数値目標,構造協議など,次々と降りかかる対日要求に悩まされた。
米国の通商政策は時代により寛大さが違うが,基本的に相互主義であり,その時代に対応した利益バランスを追求してきた。現実主義が原則であり,利益バランスが崩れれば再交渉を要求する。トランプ大統領の言動が扇動的なポピュリスト政治家であり,理念を語らないため,言葉が過激なので極端なリーダーのように映るが,要求姿勢は単純化すればWTO以前に戻ったと判定される。
米国の通商政策が過激になったのは,米国だけでなく先進国全体に鬱積してきた,自分たちは大きな負担を強いられているという不満が背景にあると思われる。WTOのラウンド交渉は途上国優遇措置を求める多数派の要求で行き詰まり,中国のように都合よく途上国と超大国の立場を使い分け,巨大市場と急成長による交渉力を巧みに行使してきた。結果的に利益配分があまりにも不公平で,自分たちは不利な立場に追い込まれたという人が増加した。地球温暖化問題でも途上国の権利を要求する姿勢が強すぎて反発を招いた。
本当の課題は先進国でも格差が拡大し,貿易自由化で不可避の被害を受ける人々への補償がなく,再訓練の機会なしに放置されたことであるが,グローバリズムへの反発に目をそらされてしまった。保護主義の弊害が明らかになるまで時間はかかるが,新しい現実に対応するしかない。中国なども一人勝ちの危険に直面して南下する可能性もあろう。既に制度疲労を起こして立ち往生気味のWTOよりもバランスのとれた通商体制に向けて日米欧が協調できる時期がくる。
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