世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1141

探索と活用を生かす新規事業創造

髙井 透

(日本大学 教授)

2018.09.03

 企業成長の源泉でもある新規事業創造を阻む要因は,企業の内部環境及び外部環境に数多く存在する。内部環境では特に技術を含めた経営資源に着目して,新規事業創造を阻む壁と,その壁の乗り越え方について考えてみたい。

 まず新規事業の創造を阻む要因は,新規事業の推進力ともなるコア技術である。コア技術を持っているということは,競合他社に対して競争優位性をもたらす。しかし,コア技術を持っているからといって,新規事業を生み出せるわけではない。確かにコア技術を持つことは,多様な事業を創造できる基盤を持つことになる。花王の界面科学やヤクルトの乳酸菌の技術など,多角化に成功している優良企業は間違いなく独自性の高いコア技術を有し,その技術シナジーをうまく生かすことで新規事業の創造に成功している。事実,多様な事業に進出して成功している多角化企業は,事業こそ異なっていても,技術的には隣り合わせという事業を数多く抱えている。

 しかし,コア技術を持つということは,その技術を究めるということでもある。そのため,そのコア技術を否定するような革新的な技術が台頭すると,その技術革新に乗り遅れることにもなる。また,コア技術という知識資源に関連して,もう一つ新規事業を阻む要因がある。それが活用と探索の問題である。そもそも組織が持続的に成長するには活用と探索という二種類の活動が必要になる(March,G.1991)。活用とは,蓄積した知識や技術をさらに効果的に使うことで,生産性などを高める作業である。一方,探索とは従来の領域とは異なる知識や技術を探り,新たな事業機会を見つけ出そうとする作業である。難しいのは,活用と探索という二種類の活動は,業務の進め方やプロセス,評価基準など多くの点で異なるということである(柴田2016)。活用を重視する戦略をとると,新規事業創造の活動は阻害され,探索を重視しすぎると収益性の低下につながる。多くの組織では,このバランスをうまく取ることができないために,シナジーを創り出せないだけではなく,新規事業の創造が停滞することになる。

 分析機器メーカーの老舗である島津製作所(以下,島津)の小谷崎眞氏(現在,グループ会社の島津ジーエルシーに社長として出向中)は,この課題について,次のように述べている。「当社はこれまで,分離分析や質量分析といった当社が持つ技術をベースにそれを深堀りしながら,高速,高感度,高分解能等の機能を顧客視点から徹底的に追求し,次々と新製品を世に送り出してきました。もともと当社にはそうした技術の知の蓄積があり,こうした既存の中核事業で『知の深堀』をしていくことで,比較的短期間に効率的に成果を出すことが出来ました。ただその結果,何が起きるかというと,従来から有する既存の知に新たな知を探索・創造し組み合わせ,新たなイノベーションを起こしていくという「知の探索」活動が,ややもすると疎かになってしまうのです。『知の探索』にはどうしても相応の時間がかかり,ましてや今日のような事業環境が不透明・不確実な時代にあっては,いつその成果が出るかもわかりませんし,それが本当に事業として成り立つのか,ヒットするのかもわかりません。要するにコストも時間もかかるため,組織では『知の探索』に対する活動がどうしても疎かになる傾向があるというのが,本質的・構造的な課題として存在します」。

 小谷崎氏の言葉から改めてわかるのは,知の探索と活用の重要性であり,難しさである。さらに新規事業創造を阻む壁となるのが,資源の解釈である。つまり,本社が既存資源の持つ応用可能性をどの程度,認識できているのかということも重要な問題である。というのも,コア事業の成熟化と,技術などを含めた経営資源の成熟化を同一と捉えることが多く,しかも資源の見方そのものが固定化する傾向をもつからである。そのため,事業が成熟化すれば,資源が本来もつであろう競争優位性を見失うこともありうる。

 事実,コア事業の成熟化を受けて,技術を含めた資源の裏づけや経営のスキルがないのにもかかわらず,新規事業分野に挑んで失敗するケースも多い。富士フイルム(以下,富士)が,ヘルスケアなどの異業種分野に進出して成功したのは,事前に技術の棚卸しを徹底的に行っていたからである。つまり,フィルム事業を通じて蓄積した技術の応用可能性を正確に検証した上で進出したのである。

 しかし新規事業創造で,富士から学ぶべきことは資源の棚卸しだけではない。フィルムの時代はコア技術のベースは化学であるが,デジタルカメラの時代には物理がベースになる。実は,富士はフィルム事業の転換に遅れたとはいえ,フィルムの時代から一見するとフィルム事業に関係が薄いと思われる分野でも,技術を蓄積してきたことが事業転換を促進したのである。富士ではフィルム事業全盛の時代から,新規事業育成のためにコア技術のフィルムとは異なる機械系,物理系などを専門とする技術者を多数抱えていたことが,事業転換を支えた一つの要因でもある。つまり,富士が事業の縮小以上に,事業の構造改革を促進できたのは,コア技術の周辺に資源の溜を持っていたからにほかならない。

 この資源の溜を持つことが,将来的な競争・市場環境の変化に対してもコア技術に幅と深みを持たせることになり,コア技術をベースとした新規事業創造戦略のジレンマを解消する上での一つの有効な方法であろう。つまり,決して効率的ではないという戦略行動を通じて蓄積される資源にこそ,将来的に競争優位性を決める要素が隠されているのである。

[参考文献]
  • 柴田友厚「やさしい経済学イノベーションを考える-第3章組織の作用6」『日本経済新聞』2016年2月26日
  • 髙井透・神田良「長期存続企業から学ぶ新規事業創造」『商学研究』(日本大学商学部)  第33号 2017年 3月 pp. 59-91
  • 延岡健太郎『MOT技術経営入門』日本経済新聞社 2006年
  • James,G.M.(1991).Eexploration and Exploitation in Organizational Learning, Organization Science,2(1),71-87.

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