世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1095
世界経済評論IMPACT No.1095

「バブル」と「フロス」

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2018.06.11

 2013年に開始された日本銀行(日銀)による「異次元」金融緩和政策は,「デフレからの脱却」に明示的な目標を設定して,リーマンショック(2008年9月)以降の日本の経済環境が,(当時のメディアが言う)深刻な「六重苦」(①「超円高」②「高い法人税率」③「非柔軟的な労働規制」④「厳しい環境規制」⑤「(2011年原発災害以降の)電力安定供給問題」⑥「TPP等への対応の遅れ」)に陥っていたなか,喘いでいた企業部門に早期に「円安」と「株高」をもたらすことで業績を下支えし活性化させることに成功した。もっとも企業収益の改善→投資・雇用の拡大/賃金上昇→消費増→物価上昇という「成長戦略」は消費税増税や海外経済の影響等もあり,当初期待したシナリオが十分実現したとはいえなかったし,「物価目標」達成については先送りが続いた。

 その結果2016年には日銀の金融政策は「マイナス金利導入」に踏み込み,本来的には緊急時かつ危機管理時に実施される政策が,現在(2018年)まで持続している。一方2018年に入り,先進国・途上/有力新興国では,企業部門を中心に景気の拡大基調がより鮮明になってきている。そしてリーマンショック後,同じく緊急的な金融緩和政策を続けていた先進諸国の中では,米国が先行して「非伝統的な金融政策」を脱却し,利上げを続けている。日銀についても,金融政策における「出口論」や,長期にわたる超緩和策の費用対効果の検証(いわゆる「金融抑圧」が,財政面〔財政規律を含め〕に及ぼす功罪も対象となる)が本格的に議論されるステージであろう。

 さてこうしたなかで,世界的な金融緩和環境の下で,リスクオン・オフを繰り返す為替・株式などのグローバル金融市場の変動(ボラティリティ)には目を離せない一方で,日本国内の金融・不動産市場や金融商品の一部に,ミニバブル現象が,かなり散見されるようになっている。

 一つは,2018年1月コインチェック事件で炙り出された「仮想通貨バブル」であり,もう一方はシェアハウス投資損失事件や地上げ詐欺などに象徴される「不動産投資バブル」である。

 前者(例えばビットコイン)には,もちろんブロックチェーンといった画期的ブレークスルーを駆使した「金融イノベーション」の側面があることは言うまでもないが,現状では,国際通貨というより,国際投機商品として,値上がりを当て込んだマネーゲーム化しているといえよう。

 これは日本での仮想通貨取引人口が約350万人に膨れ上がっていると推定される現状で,①仮想通貨NEMの保有者でも26万人にのぼり,(コインチェック事件による)資金流出額も580億円相当と巨額にのぼり,②取引所のセキュリティ面の欠陥に起因した,同種の事件(マウントゴックス事件)が2014年すでに日本で起こっており,③FX取引と同様に,高いレバレッジがかかる取引が急速に増大していた,などからもうかがわれる。

 ネット取引の隆盛に伴い,取引所が群立して,容易に仮想通貨取引が可能となっていたことも背景にあり,現在金融行政当局による規制・指導が強化されている。

 後者(シェアハウス事件)ではかつて日本のバブル崩壊期にも発生した,「賃貸物件投資の破綻」問題が形を変えて再現したとも言え,注目されている。報道によれば,近年需要が増えたシェアハウスのディベロッパーが,主に首都圏で大学生(女子学生)やOLをユーザーとした賃貸物件を,一般投資家に購入させて,その資金として長期の銀行ローンがセットされるというもので,ローンの返済財源である家賃についてディベロッパーが長期保証を行う,というビジネスモデルであった。メリットとしては,長期にわたり安定的なリターンが得られる,節税効果が見込める,収益資産として老後への備えとなる,などが数え上げられ,「ローリスク・ハイリターン」を標榜していたという。不動産の専門家でない多くの一般投資家(企業社員など)が,下記に示される環境・条件下で,長期にわたる巨額負債というリスクテイクを行ったという構図を見ると,「金融リスクマインドの低下」をもたらす「バブルの芽」を指摘せざるを得ない。

  • ①少子高齢化・人口の趨勢的な減少,空き家の増大,といった状況は今後も持続し,都心中心部以外では,住宅の長期的需要の先細りが見込まれるなか,シェアハウス人気が持続し,賃借人更新が(長期にわたり)円滑に進行できると期待すること,
  • ②立地・価格面の設定はディベロッパー主導であり,投資家の選択・交渉の余地は少ないこと(物件価格は,市況実勢価格と比較してかなり割高であったと指摘されている),
  • ③賃貸料についての保証は将来変更可能であり,かつ保証を提供する企業のリスクを抱えること,

 もっとも「バブルの芽」という点では,「バブルと判定されるのは,後でバブルがはじけて(Burst)から」とか,「バブルははじけるまではバブルではない」といわれるように,バブルが進行している中で,これを正しく認識し,ブレーキをかけるのは容易ではない。

 かつて米国で低金利状況が続く中,個人住宅市場で需要が過熱気味となり,(実質的に)質の悪いサブプライムローン(とその證券化)が急増し,トラブルや問題が各地で発生していた状況に際して,当時のグリーンスパンFRB議長の講演発言(2005年)は,「消費者金融ビジネスにおけるイノベーションにより,新商品(サブプライムローン等)が開発され,より広範囲の顧客が利用可能となった(4月)」,「米国住宅金融市場では,部分的/地域的なフロス(泡)が見られることは否定できないが,全国的なバブルは生じていない(5月)」というものであった。

 グローバルな「市場」との対話に定評のあった「マエストロ(巨匠)」といえども,一般投資家や消費者との接点である「住宅金融」や「中小企業金融」を重視し,積極的対話を図ることによって醸成されつつあったバブルの実質を十分に把握したとはいえなかったわけである。

 もちろん国・時代が異なれば,バブルの形・内容も当然変わるわけで,過去と同じ姿でバブルの発生・崩壊(バースト)が繰り返されるということはむしろ少ないであろうが,どんなバブルでも始めは「フロス」であって,かつバブルや金融危機については,故(ふる)きを温(たず)ねて,新しきを知る(備える)ことが肝要と思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1095.html)

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