世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1072
世界経済評論IMPACT No.1072

敢えて,5月末から6月初旬をクライマックスに設定:トランプ流交渉シナリオを読む

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2018.05.14

 最近のトランプ大統領は,各種決断を連発している。

 北朝鮮の金委員長との会談,鉄鋼・アルミ製品の対米輸出急増への対応としての関税賦課,膨大な対中貿易赤字(国家安全保障に絡めて危機ととらえ)への経済制裁(含む,中国側の対米報復への対応としての,さらなる対中追加制裁検討),そしてイラン核合意からの離脱等。

 トランプ大統領脚色のシナリオで,注目すべきは,それらのいずれもが,5月末から6月初旬を一応の目処とする時間枠の中で構築されている点だろう。

 そういえば,これまでに既に打ち出されていた,イランの核合意からの米国の実際の撤収時期も5月とされていた。つまり,各分野で,トランプ大統領が仕掛けた威嚇への,相手国に与えられた期限が,全て5月末から6月初旬に集約されている。

 では,何故,5月末から6月初旬なのか…。

 それは恐らく,11月の中間選挙に間に合うという意味故であろう。

 言い換えると,トランプ大統領にとっては,これらの最重要課題を11月の中間選挙前,つまりは5月末から6月初旬には,一挙に解消,とまでは行かなくても,一応は軽減への目処をつければよい。そして,それは可能だ,と映っているのではないか…。

 裏を返せば,大統領の眼には,「威嚇ではあるけれど,相手は当然,その威嚇をきっかけに交渉に入れる,そうした理解をしているはず」,となる。

 つまり,相手側の交渉入りシナリオのイメージも,自分たちと同じ,と自分勝手に想定するわけだ。トランプ政権の閣僚たちが,最悪の場合,衝突はありうるけれども,最後まで交渉を目指すと,口を合わせて主張しているのも,この辺の空気が政権内部で共有されているためだろう。

 この点,NY Times紙(4月6日)は,実際の通商交渉の現実を,以下の様に記している。

 「…6年前に,WTOの場で中国が敗訴した案件【中国の電子決済システム規制】を,オバマ前政権や現トランプ政権が,いくら履行を迫り続けても,未だに,中国に実際の是正・尊守させえていない…」云々。

 北朝鮮にしてもしかり…。

 米国からの各種報告をぱらぱらと捲ってみても,「北朝鮮は朝鮮半島非核化という言葉に固執,それ故,仮に交渉が始まっても,米国の核を韓国から除去することや,駐韓米軍の撤退など,いかようにも条件を出せる余地を残している。そんな交渉が,短期で決着することはまずあり得ない…」云々。

 そして何よりも,トランプ自身が,かつての自身の著作(「トランプ自伝,不動産王にビジネスを学ぶ」)と称される本の中で,以下の様に独白している…。

 どこかで紹介した覚えがあるが,重複を承知で,もう一度,ここで再述しておこう。

 「…私の取引のやり方は簡単だ…。狙いを高く定め,求めるものを手に入れるまで,押して,押して,押しまくる…何かに取りつかれた様に,何かに駆り立てられるように,ある目的に向かって進み,時には異常と思えるほどに執念を燃やす…」。

 「…(その上で,)一つの取引やアプローチに余り固執せず,いくつかの取引を可能性として検討する…。一つの取引に臨む場合,これを成功させる為の計画を,少なくとも5つ〜6つ用意する…。取引で禁物なのは,何が何でもこれを成功させたいという素振りをすることだ。そうなると,相手がこちらの真意を見抜き,こちらは負けだ…」。

 「…取引で一番良いことは,相手がこれなしでは困る,というものを持つこと…。このレバレッジなしには取引をしてはいけない…」。

 こんな文章を読んでいると,「強硬姿勢も所詮は,交渉入りの前提」,と見えてくるではないか…。そして,むしろ,逆に以下の様な危惧も頭を過ることになる。

 それら危惧とは,交渉相手と目された当事者が,米国の要求を緩和させ,或いは,米国の将来の行動を,一定の枠内に抑え込もうと,各種提案を逆に出して来ること…。

 例えば,EUは既に,鉄鋼・アルミ関税賦課を除外させるため,将来の米EU自由貿易協定交渉構想を持ち出したとされる。

 そうした,EUと同じ様な対案を,仮に中国が持ちだす,そんなケースも皆無とは考えられない。恐らくそうなれば,トランプは当該の中国提案に乗るだろう。

 そして,既に米韓自由貿易協定が再交渉・妥結されている現状(注;為替条項も挿入されたと伝えられるが…),仮に,米中自由貿易交渉案が飛び交う中,返す刃で,米国が日本に,日米自由貿易協定交渉を一層精力的に迫ってくれば,我が日本はどう対応するのか…。

 眼を転じれば,米国では,進行中のNAFTA交渉が,急ピッチで妥協に向かって動き始めている,との観測が強まっている(注;原産地証明の概念に最低賃金的な要素が新しく挿入されたとも伝えられる)。そして,ここでも,デッドラインは5月末か6月初旬と看做されている。

 数週間前には,NAFTA改定交渉は難航を極めていた。

 それが,一転,米国側が交渉妥結に向け,積極姿勢に転じたのだ…。

 米国の姿勢変更の理由は,幾つか指摘される。

 一つは,7月1日に予定されているメキシコの大統領選挙で左派のロペス・オブラドール候補が優勢となって来たこと。同候補は,トランプ大統領のメキシコの壁建設問題に極めて批判的で,米国としては,彼が大統領に正式に就任する前に,NAFTA再交渉を終わってしまいたい,というわけだ。

 さらに,米国議会での上下両院で,共和党優位が維持されている状況下で,NAFTA改定案を批准してしまいたいとの,トランプ政権の思惑。

 加えて,鉄鋼やアルミ関税問題で,カナダやメキシコを除外扱いしている効用が有効な期間内に,NAFTA改定交渉を仕上げてしまいたい,との計算等など。

 力のあるものは,状況をある程度,自分なりのシナリオで動かすことが出来る。

 しかし,そうは言っても,現実はやはり厳しい。だから,トランプ流シナリオが,必ず成功するとは限らない…。

 また,仮に,状況がシナリオ通りに進んでも,それが米国有権者に満足を与えるかどうかは,もっとわからない…。だから,以下の様な新聞記事すら散見される様になる。

 「…11月の中間選挙での共和党不利な状況を緩和する努力の一環として,共和党側は,【下院で民主党優位が実現すると,彼らは,直ちにトランプ大統領弾劾に向けて走り出すだろう】と,トランプ支持姿勢の固い,白人右派労働者階級等に,働きかけを強める戦術を検討している…」等など(Republicans Seize on Impeachment for Edge in 2018 Midterms; NY Times 4月8日)。

 要するに,トランプ大統領が,彼特有の計算で,強硬姿勢をことさら顕示,ビッグ・バン的な多方面分野での,一連の交渉着手を目指しても,そう言うやり方そのものが,米国有権者に不安感を与え,結局は自身の足元を自損する,そんな可能性もあるということだ。日本流に言うと,「過ぎたるは及ばざるが如し」とでもなろうか…。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1072.html)

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