世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1051
世界経済評論IMPACT No.1051

イノベーションの陥穽II・知財

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2018.04.16

 米国トランプ大統領が中国の知財盗用に対して報復を行うことを示唆し,株式市場等への影響がでてきている。我が国も新幹線技術を中国に輸出したらそれを下に特許を出されてしまうなど,数々の煮え湯を飲まされてきた様に,彼の国のコピペ文化は計り知れない脅威である。隣の半島国も同様であり,儒教文化は知識を財と考える背景を持たないのか怪しんでしまう。ところが,メディアは貿易戦争というキャッチで報道を行い経済通商問題として捉えていて,知財の本質を理解せず一般大衆をミスリードしている。

 知財が無から生み出されることは極めて稀で,模倣から発展していく。世紀の始まる前,繊維織物製造は大変貴重な技術であった。農業生産,紡績,加工,染色,機織と幾つもの技術の組み合わせなので,現在に至るまでそれぞれの技術の研究開発が行われている。中でも木綿に関する技術は産業の発展だけではなく,英国のインド植民地経営,米国の南部奴隷制度など国家の衰亡,政治制度,戦争の要因にもなった。綿花栽培のために肥料の争奪も発生し,農業機械,染色,紡績機械,動力,化学合成の発達も促した。今日の多くの産業技術が木綿を生産,そして模倣することから派生していることを改めて考えてみなければならない。

 技術革新が模倣からはじまるならば,ファブレス方式の委託生産とは新しい技術の芽を他者にお金を払って与えることにほかならない。短期の経済合理性だけで事業を行うと知財の管理問題が必ず発生する。実際,合成用触媒製造技術で永らく米国ドイツと肩を並べていた我が国化学メーカーが低迷の憂き目にあっているのは,生産を中国へ移管したことが大きい。触媒技術のように曖昧さを持った工業技術は「触っている」と進歩するので,中国が力をつけてしまった。触媒関連の工業的な衰退は学術研究にも及び,国内で触媒研究を行っている研究室はほとんど消滅している。経済合理性が科学技術を壊してしまった一例と言える。ファブレスは生産管理イノベーションだが自滅の可能性を含んでいる。米国の場合,今更自国生産を復活させようとしても穴だらけであり,トランプ大統領の主張は20世紀中にされるべきであった。

 米国はファブレスにあたり,技術の現地移転には消極的で単なる労働力の供給場として中国を利用してきていた。肝心な部分は完全ブラックボックス化して米国人しか触らせない方針を取ってきたが,それでも,米国で学んだ中国人が増加するにつれて,ブラックボックスが意味をなさなくなってきていることも事実である。良い例がスマホである。製品が価格勝負の市場になっている場合,輸入関税で規制しようとしても市場価格が上昇するだけのことなので,消費者に価格転嫁ができなければ行き詰まる。逆の例が高強度ステンレスやチタンアルミ合金である。米国外に製造を出さなかったので,未だに米国が競争力を持つ分野である。また,20世紀初めに発明された銅ニッケル合金は耐腐食性に優れるために,かなり長い間米国だけでしか生産されていなかった。「お釜」がなければ化学合成はできないので,この合金技術の管理は米国の技術保持に役立っていたと言われている。

 今年になって,中国の特許出願件数が我が国を上回り,米国に追いつく勢いであることをメディアが大きく取り上げた。各社の記事,評論家のコメントは一様に技術力に関する中国の進展,我が国の凋落を指摘していたが,筆者が見る限り査定(特許権が認められること)件数を論じたものは無かった。確かに,20世紀の電機業界は知財バーターを出願書類の重量比較で調整をしていたので出願件数(と無駄に長い記述)が重要であった。逆に,化学業界では特許は本数ではなく,決定的違いと経済性が知財として価値を持つ。アンモニア合成,ネオプレンゴム,ナイロン等,生活の質を変えた工業技術は1本の出願から始まっている。

 知財に関する政策は知的財産と利益の保全に加えて国家安全保障の観点を政策として取り入れるべきである。特許というのは技術を公開することで成り立つルールなので,中国のように「自主的運営基準」を持つ競争相手には無力であり,出願はかえって有害である。特許侵害を強制的に暴くDiscoveryというシステムも存在するが,費用と時間がかかるので技術進歩の早い分野には不適である。我が国では,メディアを含めて情報公開が金科玉条の如く声高に主張されるが知財に関しては悪癖になりかねない。米国のように,国家安全保障に関わる技術は秘匿するような政策と制度が必要なのだが,モリトモや証人喚問ばかりやっている国会と行政に期待を持てないので国難になりかねない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1051.html)

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