世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1047

トランプの矢継ぎ早の決断とその後遺症についての一考察(その1):結果を予見しないままでの,生存本能の発現

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2018.04.09

 トランプ大統領誕生から既に1年数か月が過ぎた。

 この間,米国の政治は“異例ずくめ”で明け暮れた。

 先ず,大統領自身の言動が一貫しなかった。例えば,就任演説では「忘れ去られた人々は,今後決して忘れ去られることはない」といったトーンや,そうした人々のための米国政治の革新に向け,「我が道を行く」方針が強調された。

 ところが,1か月後の議会両院合同会議での,従ってトランプ大統領にとっての,初の議会演説では,指導者としての“大統領らしさ”が前面に打ち出され,唯我独尊で我が道を進むのではなく,「複雑な利害錯綜の現実の中で,超党派を目指し,妥協点を探る」,そんな方向性が強調された。

 何故,短期に,これ程方向の異なるメッセージが,同じホワイトハウスから発信されたのか…。大統領のメッセージは,社会を導く燈台のようなもので,一貫性が必要なはず…。ところが,発信されるメッセージがころころ変わった。

 その理由を,マイケル・ウォルフは,近著“Fire and Fury”の中で,バノン主席戦略官【当時】とジャーバンカ【娘イバンカとその夫ジャレッド・クシュナー】の対立に求めている。言うまでもなく,就任演説がバノン,議会演説がジャーバンカ主導のものだった,というのだ。

 トランプ就任直後のホワイトハウス内で,3人の側近たち(バノン,クシュナー,それにプリーバス首席補佐官【当時】)の,権力争いが起こっていたことは良く知られている。

 3人のバック・グラウンドと方向性は全く異なっていた。バノンは虚飾を排したポピュリスト向けの政治を,クシュナーはニューヨーク的なグローバル指向を,プリーバスは共和党主流派的価値の実現を,其々指向していた。

 物事を複雑にしたのは,トランプ大統領自身の価値観の中に,それら3指向が整合性もないままに混在していたこと,さらに大統領自身,移り気で関心が長続きせず,また,理屈よりは感情に左右されやすく,加えて,物事を人間関係の中でとらえる性癖が強い,そうした性格,或いは,思考傾向を色濃く持っていたことだろう。

 それ故,トランプ自身の中に,政策の優先順位というものがない。

 だから,折々に眼の前に提示される問題に,その場その場で取り組んで行く。結果,政策の優先順位,或いは,その政策を遂行する手段等を巡り,大統領の賛同を得ようと,3人の側近たちは常に衝突することになった。

 衝突の果ては,一種の住み分けであった。

 トランプ大統領の発出するメッセージのトーンが,案件ごとに大きくぶれたのは,当該事案を,その当時,誰が仕切っていたか,の違いが大きい。大統領が,直近,3人の内の誰と会ったか,それが折々の大統領の発言トーンに大きく影響を及ぼすことになったというのだ。これを言い換えれば,その頃のトランプ大統領は,ホワイトハウスを統一的に仕切るメカニズムを欠いたまま,曲がりなりにも,彼なりの棟梁イメージで,側近たちの言うことを,其れなりに聞いていた,ということにもなろうか…。

 この時期のトランプ・ホワイトハウスの実情を,上記ウォルフは著作の中で次のように言い現わしている。「トランプの率いる組織では,上下の指揮系統など存在しなかった。あるのは,一人のトップと彼の注意を惹こうと奔走するその他全員という図式のみ。各人の任務が明確ではなく,場当たり的対応しか行われなかった…」。

 ところが,3人の内,プリーバスが首を切られ,次いでバノンが失脚する。ライバルがいなくなると,ジャーバンカ側も,父を守るための我を張る必要がなくなる。

 しかし,都合の良い,違った角度からの対応策が,ライバル関係の側近たちから出なくなると,皮肉なことに,政策の方向性を巡る衝突の中心にトランプ自身が位置することになる。軋轢が,当該分野の担当閣僚と大統領自身との間で直接発生するようになってくる。

 一方,2018年に入ると,早々と11月の中間選挙の足音が聞こえてくる。

 早い時期での選挙予測では,上院はともかく,下院では共和党が多数派の地位を失う可能性が高いという。そうなると,ワンマン・タイプの共和党大統領の基盤も一層脆弱化するはず。

 そうならないために,大統領自身は「どう対応して行くべき」と考えたか…。今にして振り返ると,トランプのこの時点の反省,或いは,判断が,その後の“米国の大暴走”の始まりだった。

 トランプ大統領の反省・判断は単純だった。

 この1年数か月,彼なりに見様見真似で,周りからの折々の助言を聞きながらやってきた(つもり)。ところが,一向に思った成果が出てこない。時間だけが刻々と経って行く。気が付けば,中間選挙が迫っている。こんなことではいけない。恐らくは,このような思考経路を経て,ある意味,追い詰められて,最後にたどり着いた彼なりの結論。

 それは,本能に基づいて,“自分らしく”振る舞うこと…。

 大統領選挙時に,自分を応援してくれた支持基盤に対しての誓約を実行に移す姿勢を改めて示すこと…。結局は,彼らだけが自分の味方…。だから,“忘れられていた人々”を再び思い出し,彼らが信じるAmerica Firstを実行すること。要は,選挙キャンペーン時に立ち返り,具体的には,鉄鋼やアルミ製品輸入への,国家安全保障を理由とする関税賦課,中国製品の輸入増大を食い止めるための制裁的姿勢等など,が相次いで打ち出される。

 しかし,これらの強硬姿勢は,当然,クシュナーがゴールドマン・サックスから招いたコーン国家経済会議委員長のグローバル指向と衝突,同委員長の辞任を誘発する。

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