世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.985

通商秩序を揺るがすトランプ米政権を抑え込めるか

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2018.01.08

■エゴむき出しの米通商政策

 「米国第一主義」を掲げるトランプ政権のエゴむき出しの保護主義的な姿勢が大きな不安と懸念を生んでいる。不公正貿易は,過去にもしばしば保護主義的な措置を発動するための大義名分に使われてきた。過去の亡霊が再び現れるのか。

 日本が最も警戒しているのは,トランプ政権が「力ずくの通商政策」を進めようとしている点だ。それは,多国間よりも二国間の交渉を重視する姿勢に表れている。二国間の力関係にもとづき相手国の弱みに付け込み,何でも取引の材料にして,なりふり構わず強引に米国の言いなりにさせる,という手荒な交渉術を取るつもりだ。

 その背景には,米国の生産と雇用を守るため,公正と互恵主義にもとづき二国間ベースでの貿易赤字削減が必要だとするトランプ政権の誤った認識がある。

■揺らぐアジア太平洋の通商秩序

 トランプ政権は,TPPを離脱した代わりに,主要な貿易相手国とは二国間FTAを締結していくと言い出した。しかし,それは企業のグローバルなサプライチェーン(供給網)を分断させるもので,メガFTA時代の潮流に逆行している。企業のグローバル・サプライチェーンを分断させる,使い勝手の悪い二国間FTAに飽き足らず,メガFTAのTPP締結を強く望んだのは米産業界ではないのか。

 トランプ政権は,アジア太平洋において米国をハブとする二国間FTA網の構築を進めるつもりである。このトランプ政権の二国間主義にもとづくFTA戦略は,アジア太平洋に拡がる企業のグローバルなサプライチェーンを包み込むメガFTAの実現を目指している日本にとっては,とんだ有難迷惑だ。

 アジア太平洋の経済統合に向けた動きを揺さぶる最大の危機要因は,今や中国ではなく,トランプ政権の通商政策だ。トランプ政権の暴走をいかにして食い止めるか。

■「4つのフロント」の狙い

 日本の通商戦略を説明するキーワードが,「4つのフロント」である。4つとは,TPP11,日EU・EPA,RCEP,日米経済対話をさす。つまり,高いレベルのルールづくりを目指し,4つの交渉をセットにして同時に進めていく「4方面作戦」のことだ。

 日EU・EPA,TPP11,RCEPの発効を目指し,米国がアジア太平洋から締め出されてしまうかもしれないとトランプ政権を焦らせるのが,日本の狙いだ。米国に圧力をかけ,日米経済対話の場を利用して,TPPに復帰するよう米国を粘り強く説得する作戦である。日本は,高を括っている米国の尻に火をつけることができるか。

 今後は,日EU・EPAとTPP11の早期の署名と発効を目指すとともに,残る2つ,RCEP交渉と日米経済対話で首尾よく成果を上げることが,日本の通商戦略における当面の課題となっている。

■危ういシナリオの行方

 日EU・EPAと米抜きTPP11の大筋合意は,保護主義に傾くトランプ政権を牽制し,自由貿易体制の重要性を訴えるという意味で,日本にとって戦略的に大きな意義がある。

 だが,TPP11はまだ完全に詰め切れておらず,楽観は禁物だ。TPP11は,カナダが土壇場で合意に異議を唱えるという波乱があり,今後の署名や発効に大きな不安を残している。煮え切らぬカナダの姿勢の背景には,トランプ政権の激しい見直し要求で難航するNAFTA再交渉が絡んでいる。

 紆余曲折の末にようやくTPP11が発効にこぎつけても,米国が抜けたままでは日本の通商戦略はまだ道半ばである。日本が米国のTPP復帰を訴えていく場が日米経済対話であるが,今後,厳しい局面を迎えるかもしれない。

 TPPと日米FTAをめぐって,日米の思惑に大きな相違がある。TPPから離脱した米国は,TPPに代わる日米FTAの締結を要求してくるだろう。日米FTA交渉に対する日本の覚悟が問われている。日米FTAの締結を回避し,米国のTPP復帰に向けて圧力を強めていくという日本の通商戦略のシナリオが,果たしてどこまで功を奏すだろうか。日本の通商戦略はこれからが正念場だ。

[注]
  • 詳細については,拙稿「アジア太平洋の通商秩序を揺るがすトランプ米政権」世界経済評論(2018年2月刊)を参照されたい。

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