世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.964

押しがけを知っていますか?

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2017.12.11

 「押しがけ」という単語は既に死語である。昔の自動車や単車は,バッテリーが放電してセルモーターが回らなくても,押してやるとエンジンがかかることがあった。路上でエンコした(これも死語です)自動車を数人で押したものである。現代であれば,非常用ラジオの手回し発電機や光発電で良いのではと言われそうだが,自動車のエンジンはその程度では始動してくれない。1トンの自動車を押して時速10km/hにするエネルギーは,家庭用コンセントの使用上限(1500W)に近い数値になる。最低でもこれぐらいにならないと動かない。

 実は,電気自動車はエンジン車よりずっと古い技術である。1830年代に発明された電池式モーター駆動は,架線または軌条式電気鉄道へと発展した。鉄道では戦前に電池式も存在した(鉄道省の昭和2年製AB10型機関車)。自動車分野では,長距離運転の必要性から電気自動車は主流から外れた。長距離陸路の大量貨物輸送では,重量制限が緩かった米国では燃料タンクとディーゼル発電機を据え付けた電気式ディーゼル機関車が発達した。電気式になったのは高出力に耐えるトルクコンバーターと自動変速機が無かったことも一因である。この鉄道輸送網が米国経済の発展に大きく寄与した。EVはパワー半導体やリアクトルといった最新の鉄道技術を転用しているので現代版電池式機関車と考えて良い。なお,日産ノートeパワーは,発電機とモーターの組み合わせなので米国式ディーゼル機関車と同じである。鉄道の技術発展を見れば,自動車の電化が簡単なものではないことが容易に推察できる。

 ソースの如何にかかわらず走行する力を得るためにエネルギー効率を最大化することで乗り物は発達してきている。8月に拙著でAIとEVは電力供給が普及の限界と示した後に,好ましくも同様の観点から説明をする方々が増えてきた。他方で,電池さえ改善すればEVの普及が加速度的に進む,AIは電力供給に関係なく無限に進化するといった,ドイツや中国の政治的プロパガンダに沿った説明をする記事が氾濫している。数字に基づく議論は経済の要諦であり,技術をプロパガンダで脚色することは経済的大混乱を引き起こすことになる。実際,ビットコインのマイニングもコンピューターの高速並列処理に依存しているので電力爆食いであり,利用率が上昇すると取引処理のコストが経済的に破綻をきたすだろう。ITで気軽に利用していることの裏に電力の問題が横たわっている。先進国の貨幣流通を全てビットコインに置き換えると,マイニングが電力の大半を消費してしまい,日々の暮らしは電気普及以前に戻るだろう。行灯を灯しながらスマホで通販など,悪いジョークである。一見,未来の姿に見えるビットコインも伝統的な経済合理性の土台を覆すことはできない。

 電池絡みのニュースで欠落しているのは,電池は化学反応という基本原理への理解である。電池が貯蔵できるエネルギーは電池が持つ化学反応エネルギー量で決定される。判りやすい例として,1gの炭素を燃やすと理論的に9.1ワット時(Wh)のエネルギーを得ることができる。炊飯器は一回200Wh前後なので100%の効率でも炭素約22g必要となる。化学反応エネルギー量は原子,分子の種類で決まっている数字なので神様仏様でも10gの炭素でご飯を炊くことは不可能である。電池開発は,上限が決まっている化学反応エネルギーの取り出し効率を高めることなので,「新発見・飛躍的」性能の向上という宣伝文句は概ね詐欺である。よくある「原発X基分」という記事は瞬発力であっても,キロワット時というエネルギー量ではない。

 もう一つ重用な大原則がある。リチウムイオン電池のような2次電池は可逆系と呼ばれる。放電してエネルギーを失った電池を復活させるにはエネルギーを注入(=充電)しなければならない。簡単な例えとして,水は高所から低所にしか移動しないので,他のエネルギーを使って汲み上げる必要がある。水を高所に戻すには,汲み上げを人力,化石燃料,太陽光,原子力のどれかでやらねばならない(水力,風力,バイオは太陽光エネルギーの変化形である)。どの方法でも,(水の落差)×(水の量)=(必要エネルギー)である。

 新しい材料の発表があるとバラ色の世界が拓けるような説明が多いが,電池の歴史は約200年前にボルタの電池が発明されて以来,化学反応を上手に利用する方法の探索であった。軽量化は質量保存の法則という壁に阻まれる。現在の先進国の物価はエネルギー価格に連動しているので,エネルギー収支全体の経済を俯瞰的に見ないで電池の良い所取りの議論を行うと混乱を招く。EVだから省エネ・環境に良いというプロパガンダ的議論はそろそろ止める潮時である。

 電気自動車の議論については,日経ビジネスオンライン12/4付大場紀章氏の論考を合わせてご覧になっていただければ幸いです。

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鶴岡秀志

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