世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.938

技術劣国への道

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2017.10.23

 今年のノーベル賞シーズンも終了したが,科学技術分野で受賞が無かったので日本の科学技術立国に対する識者からの警鐘がメディアを飾った。概ね,大学へのお金の掛け方が不十分という話に集約されると思うが,解決策としては間違っている。このように書き始めると,助成金評価委員が談合している,古臭い,老人福祉だ,技術系の給料が安い,という話を書き連ねるのではないかと予想されると思うが,違います! 課題は,幼児教育と中等教育を再考しなければ技術劣国へまっしぐらに進む現状である。

 我が国の偏差値トップクラスの理工系大学で日常起こっていること。ハサミを使ったことが無いなど一昔前の話。現在は,ネジ回しを初めて見た。着火・消化の方法を知らない(かなりの場合,火を見たことが無い)。100円ライターを知らない。接着剤を使ったことが無い。分度器を見たことが無い。曲尺なんて存在すら知らない。理工系必須のガラス細工は,「事故多発で禁止」。これに拍車を掛けるのが文系出身の「理事」で,夜間休日の研究禁止,ブラック大学禁止である。多くの研究開発は1週間以上の連続操作が必要であることを理解できないらしい。ウソのような本当の話である。かの大学に入学するには,小学生から塾に通い,エリート教育を受けてきている若者であるので知識豊富で優秀であることは間違いない。しかし,火を見たことが無い学生が現れたことは,驚きを通り越して笑ってしまう。流行のバーベキューもそのうち電子レンジ式になるだろう。

 科学技術は,模倣を積み重ねていく際に,器具の組み方,測定方法を自らの手で改良工夫をすることで科学の進歩が起こり新しい技術が生まれる。サルからヒトへの大きなジャンプは火を扱うことだといわれているが,現在でも,火,即ち激しい酸化反応と熱の発生は科学技術の土台である。また,暦や航海術の基礎となった長さや角度を測定することは,農業生産を振興させ,人類の行動範囲を飛躍的に広げることに貢献した文明の礎でもある。重力波も長さの測定が重用な要素となっている。ガラパゴス左翼から反発を受けるが,兵器は文明の象徴であり科学技術の結晶である。そのおおもとは火の制御と長さ角度の測定である。すべてをAIに任せることは便利なことであるに違いないが,文明の土台を知らない新人類は代を重ねて原始人類に戻るのだろう(これは「サルの惑星」のテーマですね)。

 日本の未来を担うエリート層がこの有様では,科学技術予算を積み増して,若者を育てようとしても画餅になる。世の中が便利過ぎる結果といえばほとんど説明が終わってしまうのであるが,文明を支えているもう一つの柱である経済の観点から,新人類の登場とその社会的潮流は関連しているとの筋立てを専門家の方々に考えていただけないだろうか? 例えば,今年発生したことの1つにロジスティックスの問題があった。クリック1つで注文はできるが,配送,つまり,人手に頼る部分が行き詰まったのである。マスコミや経済専門家の論調は,労働条件と労働力不足の問題,即ち,社会経済問題に集中していた。もちろん,科学技術を進化させてドローンで配送すれば渋滞もなく速やかに効率的に配送が行われる。その考えは正しい。しかし,ドローンが運べるのは,あくまでも定形物である。千差万別の物資の仕分け梱包を行う物流センター作業は,人間を完全に置き換えるヒューマノイドができない限り,人間に頼ることになる。もし,そのシステム設計・監督が新人類であったら「事故の予測」ができない(ヒヤリハットが失われる)ことになり,大惨事を招く確率が上昇する。経済学に人類の退化を組み込む必要があるだろう。現実のこととして,アマゾンの定形箱に名刺大のSSDが入っているなどジョークと言っていられない。

 金融,財務会計,債権予測はAIに置き換わり,シェアエコノミーが盛んになるだろう。しかし,情報は食べられない。お札で尻を拭けるが上下水道と便器は作らなければならない。文明社会を支えていくには,エリートといえども無人島でひと夏のキャンプぐらいは経験しておく必要がある。あるいは自衛隊体験入隊でも良い。火を見たことがない大学生の存在が異常ではなくなってしまったことを真剣に考えなければいけない。市場予測や広告宣伝はすべてAIに任せて,子どもたちを育てることに注力する時がきた。ノーベル賞どころではないのである。

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