世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
いま始まった新しいグローバル・イノベーション:ビジネス・エコシステムによるイノベーションへの挑戦
(桜美林大学 教授)
2017.08.28
いま世界的にも人々の最も耳目を集めている言葉は,「グローバリゼーション」と「イノベーション」であると言ってもよい。それは,その2つのことが,これからの社会,企業,人々の生活を大きく変えるからに他ならない。
イノベーションは,よく「創造的破壊」と同義に使われるが,人間社会はこの繰り返しで発展してきた。18世紀後半の第一次産業革命,重化学工業が発展した第二次産業革命,コンピュータとインターネットによるデジタル革命,そしていままさに生起しつつあるデジタル革命の上に立つ第四次産業革命も,イノベーションが原動力になっている。もちろん,このプロセスで多くの軋轢や悲劇もあったが,社会が確実に進歩したのは言を待たない。
一方,第二次世界大戦後,経済のグローバリゼーションが急進した。いま世界的に所得格差の拡大,資源・エネルギーの枯渇など,グローバリゼーションに伴う負の側面がクローズアップされ,反グローバル化の動きが見られるけれども,それは国際貿易や海外投資を拡大させ,世界の人々の生活を豊かにしたのも事実である。グローバリゼーションが限界に差し掛かり,今後地球や人類に未来はないとする説がある一方,それはイノベーションによって克服できるという見解もある。
だからこそ,企業の成長・発展にもイノベーションが不可欠だ。とくにデジタル革命が進行しつつある今日,イノベーションこそが企業の栄枯盛衰を決める。巨大企業である多国籍企業も例外ではない。その多国籍企業のイノベーションの仕方も,次第に変わってきている。
多国籍企業のイノベーションは,当初本国の親会社で起こり,そこで開発した技術,製品,生産方法などを海外の進出国へ移転した。しかしその後,そのイノベーションの重点は進出国へシフトした。R&D拠点を海外に移転し,現地に適応する技術や製品を開発するようになった。近年では進出先の新興国で開発された技術や製品が先進国へ移転されるという「リバースイノベーション」も見られる。さらに最近では,最初からグローバル市場をターゲットにして,世界の方々の拠点で,技術や製品を開発し,全世界での販売を目指すグローバル・イノベーションも見られる。これは新しい技術や製品の源泉である知識や情報がICTの発達によって世界的に拡散し,それらが世界各地から出てくることが可能になったからである。
また多国籍企業は,イノベーションを自社独自ではなく,他企業とアライアンスを組んで行うようにもなった。他企業とのアライアンスを構築し,相互学習をしながら,新しい技術,製品,事業を開発するのである。こうして,「オープン・イノベーション」へと目が向いている。
こうした流れの中にあって,いまさらに,新しい方法によるノベーションに注目が集まっている。ビジネス・エコシステムによるイノベーションである。エコシステムとは,元々生物が生存するために,環境変化に適応しながら共存していく,という自然界の生態系を表す用語であったが,1990年代前半からビジネス界でも使われるようになった。
近年のスピーディに変化するビジネス環境のもとで,新たな技術,製品,事業などを開発するためには,国や既存の業界を超えて,多様なプレーヤーと協業し協働していく必要がある。それぞれが得意領域の知識,技術,ノウハウなどを持ち寄ってコラボレートしながら,新たな価値を創造する。これがビジネス・エコシステムである。
米国のインテル,アップルといった多国籍企業は,いち早くこのようなビジネス・エコシステムを構築し競争優位を獲得した。これらの企業は基幹的なコア領域を自社に残し,非コア領域を発展途上国や新興国の企業にオープン化する,というグローバル分業によるエコシステムを構築した。他方,日本の多国籍企業,とりわけエレクトロニクス産業の企業は,世界の競争のルールやイノベーションの方法が変わったにもかかわらず,フルセット・垂直統合型の生産を続けて,急速に競争優位を失った。しかし,ここにきて日本の起業家的な経営者の中に,エコシステムの構築を口にする経営者が見られるようになってきている。
とはいえ,日本の多国籍企業がグローバルなエコシステムを構築し,その中核プレーヤーとなるのは容易ではない。そのプラットホームを構築し,運用するのに多くの資源や能力が必要になるからである。だが,中核プレーヤーにならなくてもエコシステムの中で存在感を示して生存・発展していく方法もある。自社の得意分野・能力を活かし,常にそれをグレードアップするイノベーション能力を持てば,それが可能になる。その意味では,たとえ中小企業といえどもエコシステムの中で,あるいはそれを利用しつつ成長・発展できる可能性があるといえる。いずれにしろ,このようなエコシステムによるイノベーションが重要になってきた今日,多くの日本企業にはビジネス・モデルの再構築が求められている。
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