世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.877
世界経済評論IMPACT No.877

「中国方式」は発展途上国の利益につながるのか?

安室憲一

(大阪商業大学 客員教授・名誉教授)

2017.07.17

 原油価格の低迷や資源価格の下落によって,資源立国が財政困難に陥っている。例えば,産油国のベネズエラで経済崩壊が始まっている。2017年6月現在,ベネズエラのインフレ率は720%,1ドル10ボリバルの公式レートに対して闇レートは7000ボリバルを突破したという(篠原 匡「ベネズエラ 経済崩壊の動画」『日経ビジネス』2017年6月16日)。ベネズエラは1980年代と90年代の経済危機に際して国営企業の民営化や社会的支出の削減などの経済改革を断行した。この改革は,富裕層には影響が少なく,しわ寄せが貧困層に集中したため社会的混乱を招いた。その不満が引き金となってチャベス大統領が当選した。チャベスは1999年に大統領になると,石油開発プロジェクトや製鉄,港湾,農場などを接収し,さらにゼネラル・モーターズの工場まで接収した。この時代錯誤の政策はチャベスの死後,マドゥロ政権に引き継がれた。つまり,大衆の声(ポピュリズム)に押されて,元の社会主義に戻そうとしたのである。

 ベネズエラは輸出収入の約9割,歳入の50%を原油に依存する「資源立国」である。2014年夏以降の原油価格の下落によって,それまでの100ドル/バレルの原油価格が半値に下落した。チャベス・マドゥロ政権が進めた「国有化政策」は瞬く間に困難に直面した。政府には技術や経営ウハウがないので生産量が減少し,モノ不足が蔓延した。通貨は下落し,モノの価格は暴騰した。

 アフリカにもベネズエラと似たような「資源国」が多く存在する。アンゴラは27年間も内乱が続き国土が疲弊した。内乱終結後に中国の国営石油企業が入り込み,大々的に資源開発を行った。生産量の半分を中国に輸出した結果,外貨が流入し国は豊かになった。中国企業は,アフリカのあちこちで旧社会主義国のよしみで接近し,現地の国営資源会社の再建を標榜して買収を続けた。そこに自国で成功した「中国方式」を導入した。「中国方式」は徹底した「雇用の非正規化」(casualization)で特徴づけられる。経営幹部だけを「終身雇用」の対象とし,現地の従業員を解雇して新たに「非正規」や「臨時工」で再雇用し,あるいは職場を丸ごと「アウトソーシング」する。これによって,大幅に労務費や福利厚生費を削減する。中国からの投融資の条件として,中国国有企業による工事の受注と資材の50%以上を中国から輸入することを義務付ける。つまり,中国の投融資は「紐付き」が多く,受け入れ国よりも,自国の経済発展を優先する傾向がある。

 この雇用の「非正規化」は資本の論理としては「正解」だろう。しかし従業者にとっては災厄である。安定的な雇用・高福祉が廃止・解体されるだけでなく,「労働法」などの労働規則までも骨抜きにされる。労働組合の解体で労働者の権利保護を失った労働者は,中国の農民工と同様,過酷な労働条件に晒される。国有企業や国への分配率が大きくなり,労働者の貧困化に反比例して経営幹部や公務員の所得が増大する。こうして,さらに貧富の格差が拡大する。中国企業は開発した資源・エネルギーを自国の経済発展に注入するので,被投資国との間で貿易が増大する。その結果,被投資国には外貨(人民元)が流入し,見かけ上は好景気になる。これが中国の「ウィン・ウィン」外交である。

 アフリカは「人口ボーナス」が豊富な成長ポテンシャルの大きい地域だ。過去に植民地から独立するにあたって,社会主義的な平等を目指した国も少なくない。キューバのように貧しくても社会福祉に力を入れていた国もある。これらの国々が「中国方式」で改革すると格差の大きな社会になる。特権階級はさらに豊かになり,大衆はますます貧しくなる。だからと言って,大衆の声に押されて社会主義へ回帰すると財政破綻が待っている。チャベスは「21世紀の社会主義」を標榜し,「貧困層への分配」に力を注いだ。住宅や医療の無料化さえ図った。理想主義的な国民受けする政策だった。しかし,原油価格の下落がすべてを無にした。中国はベネズエラに接近し,石油を手に入れるとともに,国営企業の再建に手を貸すだろう。「中国方式」の導入により国営企業や国の財政は再建できるかもしれない。しかし,一部の特権階級を除いて,大衆はさらなる貧困に晒されるだろう。これが新自由主義では「正解」だとしても,あまりにも無残な結末である。われわれは,第三の道を探さなければならない。平等で格差の少ない社会でありながら,ダイナミックに成長する経済である。そのためには「制限のない」グローバル市場ではなく,「理知的に管理された」市場の論理に立ち返ることだろう。「啓蒙主義的」経済運営が求められるのではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article877.html)

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