世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.854
世界経済評論IMPACT No.854

中東欧新規EU加盟国からの人口流出と過疎化

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2017.06.05

 中欧のポーランド,ハンガリー,チェコ,スロヴァキアの4ヵ国では1990年代後半以降対内FDI(外国直接投資)のおかげで製造業が発展した。これらの国々とスロヴェニアでは人口の流出もあるが,流入もあるので,全体としては人口は横ばいか微増を記録している。それに対して,バルト三国からの人口流出は著しい。グローバル金融危機の影響を受けて,GDPは2009年に2桁(15%前後)の落込みを記録した。2008年から2014年にかけて,人口減少はエストニアでは2.3%であったのに,ラトヴィアとリトアニアではさらに大幅でそれぞれ11.5%と12.8%であった。IMFは,その後V字回復を遂げたとしてバルト三国の事例を称賛しているが,多くの人々が故郷を後にせざるを得なかったという側面を軽視している。これらの2つの国に次いで人口減少が顕著なのはバルカン(南東欧)のルーマニア,ブルガリア,クロアチアであり,2008〜2014年にそれぞれ7.4%,4.8%,4.2%減少した。

 とくにリトアニアの場合,人口のピークは1992年の約370万人で,2016年には288万人へと四半世紀の間に人口が22%も減少した。ブルガリアは2004〜2008年の時期にも2%の減少を記録した。体制転換直後の1990年に872万人であったブルガリアの人口は四半世紀の間に722万人(2014年)へと150万人も減少した(17.2%減)。この国の人口は1985年がピークで896万人を記録した。900万人近い人口が30年間で700万人を割る寸前にまで来たのである。次のような原因が挙げられる。出生率が死亡率を下回り続け,人口の自然減が続いている。自然減よりも大きな要因は社会減である。若者のための雇用機会が十分にないことが外国への移住を促している。

 貧しい国々から豊かな国々へ人々,とりわけ若くて教育レベルの高い人々が一方的に,しかも短期間に急速に流出するのは憂慮すべき問題である。現在進行しているのはバルト三国やバルカンからドイツなどの豊かな国々への一方的な人口移動である。貧しい国々では過疎化が進むとともに,将来の経済発展の担い手を失う。地域社会は崩壊し,伝統文化も衰退するであろう(以上で述べた貧しい国々を地方,豊かな国々を首都圏と言い換えれば,このことは,現在日本で進行している「地方消滅」の危機とまったく同じである)。豊かな国々でも,移民の吸収能力に限りがある。受け容れたとしても,彼らが特定地域にまとまって居住すると,元からいる住民との軋轢が深刻化するであろう。受け入れ国側でも伝統文化の維持という点で問題が生じかねない。歴史をふり返って見ると,人の往来を通じて文化は伝播し,異なる文化が互いに影響し合い,より豊かなものになってきた。しかし短期間に大量の移民や難民が流入すると,否定的な影響の方が大きいだろう。「移動の自由」を与えるだけで,貧しい加盟国で雇用機会を増やすことができないEUの政策は破綻している。

 以上述べてきたことは,EU全体で巨大な企業に有利なビジネス環境を作ればよいのではなく,各国の国民経済が発達し,その中で地域の住民が安心して暮らせるような状態を作り出すことが大事だということを教えている。金融主導のハイパーグローバリゼーションに対しては,EU加盟国の各地で反発が強まっている。EUレベルの指導者やEU官僚,そしてEU加盟国の指導者はここで立ち止まり,じっくり考え直す必要があるのではないだろうか。

 将来的にはEUは財政連邦主義へと踏み出し,独自財源からなるEUレベルの予算をもち,貧しい国々を支援できるようになる必要があるだろう。しかしGDPの1%程度のEU予算に対して抵抗する加盟国が存在する現状では,富裕国の民間資金が貧しい国々へ回ることを期待するほかはない。たしかに対内FDIは重要であるが,それに頼るだけでは十分ではない。南東欧の事例を見ると,金融・保険,不動産,電話通信,商業などのサービス分野に多く流入し,現地政府や経済界が望んでいるような製造業への投資は少ない。このことが消費主導の経済発展をもたらし,経常収支赤字の拡大を招いた。このような事例を考慮すると,EUの保証の下で民間投資を製造業に誘導するような仕組みが必要であろう。ユンケル委員長が提案した官民投資計画(ユンケル・プラン)はいまのところ期待されたほどの成果をあげていない。この計画はもっと拡充され,中東欧(東欧+バルト三国)の貧しい加盟国の発展を加速するために運用される必要があるだろう。

 EUにとってBrexitは一面では危機であるが,他面それはチャンスでもあろう。イギリスはこれまでEUの拡大には積極的であったが,統合の深化には常に否定的な態度をとり続けてきた。そのイギリスの離脱は,財政連邦主義への障害が小さくなることを意味する。フランスのマクロン新大統領は,「ユーロ圏共通予算」を選挙公約の一つとして掲げていたが,これが実現できるかどうかを見守っていきたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article854.html)

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