世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.640

労働法改正問題にみるフランス経済の問題点

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2016.05.16

フランスでの学生デモ

 2016年3月から5月にかけて,フランス各地で労働市場改革に反対するデモが繰り広げられている。労働組合だけでなく,大学生や高校生もデモに参加している。4月28日にはフランス全土でのデモが暴動に発展し,メーデーの5月1日にも暴動が発生した。

 事の発端はフランス政府が2015年11月に労働法改正を公表したことにある。フランスの労働法は3800ページにも及ぶといわれており,労働時間に関するものだけでも125ページにも上る。フランス政府はこの労働法の簡素化を図るとともに,実情に合わせた改革を実施しようとしている。この改正案は588ページからなる。週35時間制の緩和が問題視されているが,労働者側に有利な改正もある。例えば,従来は21時から翌朝6時までを夜間労働と定義していたが,朝7時までに延長される。また家族イベントのための休暇日数はこれまで労使間の協議対象ではなく企業が決めていたが,今後は協議できるようになる。これにより,企業によっては休暇日数が増える可能性がある。

 労働時間について内容を見てみよう。週35時間制は変わらないものの,一時的に最大で60時間まで増やすことができ,1日の労働時間は10時間(労使が合意すれば12時間)まで増やすことができる。ただし,12週間にわたって週平均で44時間(労使が同意すれば46時間)を超えてはならない。週35時間を超えると発生する割増賃金も変更される。従来は,35時間を超えて43時間までは25%,それを超えると50%の割増賃金が必要だが,これを10%にまで低下させることができる。18歳未満の見習い労働者の労働時間は8時間であるが,これを10時間まで増やすことができ,週35時間の規制が廃止される。また,解雇規制も緩和され,企業は集団解雇ができるようになることが労働者の怒りを買っている。

進まない労働市場改革

 フランスでは2006年にも同様の事件が発生している。シラク大統領時代の2005年10月に初期雇用法が公表され2006年3月に法案が提出されたが,学生の大規模デモが発生し,わずか1カ月でド・ビルパン内閣は法案の撤回に追い込まれている。初期雇用法は,26歳未満の労働者について雇用から2年間は試用期間として解雇が可能とするものであり,若年層の雇用環境を改善させるものである。

 フランスの労働市場は硬直的で,失業率はドイツの2倍近くでEU平均よりも高い。若年層の失業率は全年齢の2倍に上り,職を得てもパートタイムや期間契約社員となるケースが多く,正規社員になるのが難しい。しかし,労働市場の柔軟性が増せば企業はより多くの若年層を雇うことができる。他の国々では理解されやすい当然の理屈であるが,資本主義や市場競争が十分に浸透していないフランスではなかなか理解されず,この理解不足が労働市場改革の最大の障害となっている。

ドイツとフランスの差

 ドイツは2000年代にハルツ改革が進み,労働コストの削減がすすめられた。失業保険の給付額は前職の賃金に連動しなくなり,前職よりも低い賃金の職にも付かざるを得なくした。また,ミニジョブ制度は月間400ユーロ未満の労働者に対する企業の社会保障負担を免除した。

 このような政策は大量のワーキングプアを生み出す負の側面があったものの,シュレーダー政権のハルツ改革はメルケル政権にも引き継がれ,2000年代に渡ってドイツの労働コスト上昇率を下げることに成功し,2010年代にはドイツ経済の競争力は大きく上昇した。2000年代には多くの批判があった政策だが,一貫した政策運営によりドイツは改革の果実を摘み取るに至っている。失業率はEU平均よりもはるかに低く,製造業では人手不足が発生しており,南欧や東欧からの移民にも比較的寛容である(難民に対する見方は二極化しているが)。

 南欧の競争力の低さに注目が集まっているが,フランスこそがヨーロッパ経済のアキレス腱だといっていい。進まない労働市場改革だけでなく,企業への政府の介入も頻繁に起こり,政府はEUからの警告を無視して財政再建を先送りしている。EUは2010年代に経済ガバナンスを強化し,各加盟国に構造改革を促しているが,フランスは十分に応えられていない。自由な競争はイノベーションを生み出し経済を活性化させる。このような状況にある中で,労働法改正は左派のオランド政権としては異例ともいえる競争力向上策であるが,賛同が得られていない。

 フランス経済はEU域内にとどまらず,グローバルな競争にさらされている。改革が進まなければ,フランス経済の地位はどんどん下がってしまう。フランス政府の最大の課題は市民への説明であり,短期的にはマイナスに見えても長期的には経済にプラスであることを理解してもらわなければならない。

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