世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4004
世界経済評論IMPACT No.4004

ガスパビリオンとメタネーション装置:大阪・関西万博にて

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.09.29

 2025年7月,大阪市夢洲(ゆめしま)で開催中の2025年大阪・関西万博を訪れ,ガスパビリオンと「化けるLABO」を見学する機会があった。平日の訪問であったが,会場は活況を呈しており,予約不要の各パビリオンの前には長蛇の列ができていた。地元の大阪ガスと阪神タイガースへ敬意を表すため,近本光司外野手のユニフォームと帽子を装着して出かけたが,それでもまったく浮くことがないほど,来場者の服装はバラエティに富んでおり,世界各地の民族衣装も見受けられた。

 日本ガス協会が提供するガスパビリオンは,万博会場全体のなかでも上位に入るほどの人気を博しており,入場については,キャンセル待ちが期待できない完全予約制となっている。人気の秘密は,バーチャルゴーグルを装着して40人ほどの来場者たちが展開する,悪の化身「キング・C・オーツー」との戦いにある。この悪の化身はCO2(二酸化炭素)を模したものであり,多くの子供たちを含む来場者らが「化けろ」の掛け声とともに,H2(水素)の光線をいっせいに浴びせることによって,CO2を有用なeメタンに変えてしまうという筋書きである。

 けっして簡単な内容ではないが,ガスパビリオンでのイベントを体験すると,気候変動対策の重要性に関する認識が深まることは,確かなようである。そのことは,これまで『ガスエネルギー新聞』でも報じられている子供たちの感想などからもわかる。

 ガスパビリオンは巨大なテント状の構造物であるが,それをすっぽりと覆う膜材料には,大阪ガスが開発しSPACECOOLが利活用につとめている放射冷却素材「SPACECOOL○R」が使われている。夏場には,外気温に比べて,室内の気温を最大6℃ほど下げる効果があるそうだ。

 ガスパビリオンから出て,専用バスに10分ほど乗って,化けるLBOに向かった。このLABOは,二酸化炭素がeメタンに「化ける」プロセスを体現したものであり,①水素製造装置,②メタン発酵槽,③バイオメタネーション装置,④サバティエメタネーション装置,の4装置で構成されている。また,化けるLABOは,⑤CO2直接回収(DAC)装置,⑥CO2分離回収装置,と隣接している。運営者は,①〜④が大阪ガス,⑤が公益財団法人地球環境産業技術機構(RITE),⑥がエア・ウォーターである。今回見学したのは,①〜④の諸装置である。

 ①の水素製造装置では,万博会場に供給されている再生可能エネルギー由来の電力を用いて,水の電気分解を行う。発生する水素は③や④のメタネーション装置に送られ,酸素は空中に放出される。

 ②のメタン発酵槽では,万博会場から集めた生ゴミからバイオメタンを生成する。生ゴミの種分け,仕込みは手作業で行われており,骨の折れる仕事だと聞いた。

 ②での生成物はメタンガスと二酸化炭素との混合物であるが,③のバイオメタネーション装置に送られ,メタン菌の働きによって,より純度の高いバイオメタンとなる。それを受けて④のサバティエメタネーション装置では,サバティエ反応により合成メタン(eメタン)を生成する。サバティエ反応は,水素と二酸化炭素から触媒を介して合成メタンを生成するプロセスであり,CO2+4H2→CH4+2H2Oという化学式で表わされる。

 ①〜④の装置を運営する大阪ガスは,化けるLABOでバイオメタネーション装置とサバティエメタネーション装置の両方を動かしている。同じ現場で両装置が稼働するケースは珍しく,比較検討を行ううえで恰好の舞台となっているとのことであった。

 化けるLABOのメタネーション装置では,⑤のDAC装置や⑥のCO₂分離回収装置から供給される二酸化炭素も使用している。それだけでなく,万博会場内の日本館のパビリオンから排出された二酸化炭素も使っているそうだ。

 化けるLABOの一連の装置を通じて二酸化炭素から「化ける」ことに成功したeメタンは,万博を訪れた賓客をおもてなしする迎賓館の厨房で使われている。また,その一部は,ガスコジェネレーションシステムに送られ,そこで燃料として活用されていると聞いた。

 大阪ガスグループの万博会場での活躍は,その他の分野にも及んでいる。

 日本では,電力の非化石証書と同様に,eメタンやバイオガスの環境価値を移転できるクリーンガス証書の民間運用が開始された。これを受けて大阪ガスは,三菱重工業と共同開発した「CO2NNEX®」のシステムを利用して,全国各地で製造されているeメタンやバイオガスより得られたクリーンガス証書を,大阪ガスが供給する天然ガスに移転することで,万博会場のカーボンニュートラル化に貢献している。

 さらに,万博会場内の大阪ヘルスケアパビリオンでは,大阪府産のヒノキを内外装材に採用しているが,その保護塗料として使われているのは,大阪ガスケミカルが開発した「キシラデコール」である。ヒノキの汚れや劣化を抑えるこの塗料は,同パビリオンの「自然を感じ環境と共生する」というコンセプトを際立たせるうえで,一役買っている。

 見学の最後に,万博会場をぐるりと取り囲む大規模な円環状のヒノキ舞台であるリングに登って,しばしのあいだ散策した。梅田のビル群,あべのハルカス,堺・泉北のコンビナート,関西国際空港,紀淡海峡,淡路島,明石海峡大橋,神戸港,六甲の山並みが描き出す壮大なパノラマを,目に焼きつけることができた。素晴らしい夏の一日であった。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4004.html)

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