世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3903
世界経済評論IMPACT No.3903

攻めの企業統治:効率的資本市場仮説における経営効率

鈴木弘隆

(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)

2025.07.21

攻めの経営としての企業統治

 近年,経営効率を高めることによる企業競争力の追求が,積極的な意味で「攻め企業統治」として認知されつつある。

 梅本(2021)によれば,業務執行者に対する責任追及としての企業のガバナンスのことを,周知の通り,コーポレート・ガバナンス(企業統治)と呼ぶ。ガバナンスに関する議論は,これまで,このコーポレート・ガバナンスに関して詳細に行われ,発展してきたが,その具体的内容は変遷してきた。

 我が国においてコーポレート・ガバナンスが論じられるようになったきっかけは,特に平成に入って以降の企業における不祥事の続発(会計,金融,証券での不祥事,品質偽装問題,反社会的勢力との関係など)であった。すなわち,コンプライアンス(法令遵守)の確立の延長で,コーポレート・ガバナンスの強化が活発に論じられた。

 もっとも,近年は,不祥事対策としての「消極的なコーポレート・ガバナンス」に加え,どのような法制度に則って構築された企業が競争力を有するのか,その,効率的な経営の観点から,企業の持続的な成長を図るという「積極的なコーポレート・ガバナンス」が議論されるようになっている。

上場株式の評価と効率的資本市場仮説

 本稿では,積極的な企業統治として,上場企業の資金調達の観点から,効率的資本市場仮説を取り挙げる。その理由は,不正や不祥事による非効率な資本市場の問題を,経営効率を通じて資本市場を合理化し,資本市場における資金調達で上場企業の競争力を高めるためである。

 江頭(2021)によれば,上場株式の市場価値は,金融商品取引所において,多数の投資者のリターン予測・リスク評価が集約される形で成立している。上場株式など上場有価証券の市場価格には,公表された関係情報が即時に正しく評価して織り込まれているという経済学上の仮説があり,「セミ・ストロング型の効率的資本市場仮説」(以下,セミ・ストロング型仮説)とよばれる。この仮説に基づけば,上場株式の市場価値は,その期待将来収益の現在価値を正しく表している。本稿では裁判における上場株式の評価について取り上げるが,裁判所は,独自のリターン予測・リスク評価を行う必要はなく,金融商品取引所で成立している当該価格を当該株式の評価とすれば足りるという。

 しかし,金融商品取引所で成立している上場株式の市場価格は,常にセミ・ストロング型仮説が前提とするような状態で形成されているわけではない。粉飾決算などの予想外の悲観的情報が公表された場合等には,未熟な投資者による「狼狽売り」が過度の市場価格の下落を生じさせるし,経営支配権争奪の場面では,品薄になった少量の株式が実体価値と乖離した高値で売買される事態も生ずる。明らかにセミ・ストロング型仮説の前提からの逸脱が認められる状況にある上場株式の評価を行う裁判所は,その時点の市場価格をいたずらに尊重することなく,市場が正常な状態であった時点の市場価格を基準とする,あるいは裁判所独自のリターン予測・リスク評価の下に期待リターンの現在価値の総和や,割引率の決定の方法を用いる等のことを行う必要がある。

資本市場の効率性の三段階

 効率的資本市場仮説には,セミ・ストロング型の他に,ウィーク型とストロング型があるが,日本の実態に即したセミ・ストロング型を想定しつつも,ストロング型でデフォルトとされる未公表情報の合理化への流れを以下で概観する。

 江頭(2021)によれば,資本市場の効率性には三段階があり,最も弱いレベルは,過去の有価証券の価格変化を分析しても将来の価格を予測することはできない(「ウィーク型の効率的資本市場仮説」)。次のレベルが本文に述べたセミ・ストロング型で,もっとも強いレベルは,未公表の情報も証券価格に織り込まれている「ストロング型の効率的資本市場仮説」である。日本を含む先進国の上場有価証券市場は,セミ・ストロング型仮説が成立するレベルに達していると考える投資者等が多い。むろん,ヘッジファンドをはじめとして,セミ・ストロング型仮説の妥当性を信じず,過小評価・過大評価された上場株式が存在することを前提に投資を行う者もある。

裁判による上場株式の評価方法

 資本市場の上場株式の評価において,裁判所が判決を出している場合があり,裁判所は合理的な市場価格の評価を妥当なものとして許容している。

 江頭(2021)によれば,意識的か否かはともかく,日本の裁判所は,上場株式の評価に関して,セミ・ストロング型仮説の極めて強固な信奉者である。アメリカの裁判所の場合,連邦裁判所はセミ・ストロング型仮説にある程度好意的であるが,デラウェア州裁判所は,上場株式の市場価格がその客観的価値と一致しているとは考えず,上場株式についても鑑定を用いた本文期待リターンの現在価値の総和や,割引率の決定の手法によって評価を行う等の例が多い。

期待リターンの現在価値の総和

 以下では,効率的資本市場仮説の期待リターンの現在価値の総和と割引率の決定を議論し,資本市場の不確実性としてのリスクプレミアムに焦点を当てる。

 江頭(2021)によれば,取引相場のない株式等につき,譲渡益は通常期待し難いので,株主(社員)が期待できるリターンは,将来,剰余金の配当・残余財産の分配という形で会社から受ける給付のみである。しかし,予測される配当金額をリターンの額として取引相場のない株式等の評価に用いると過小評価となり,社内留保を過大に行いがちの株主(社員)には不利となるそこで,リターンの額としては,各事業年度に期待される一株式・持分当たりのキャッシュ・フローの額を用いるべきである。

 もし,リターンの額に不確実性(リスク)がなければ,株式・持分の価格(PV)は,各事業年度のリターンの現在価値の総和として,次の算式で表される。

  • PV=D/K
  • PV(株式・持分価格),D(期待値平均:各事業年度のリターンの額は一定,時間不変),K(一般利子率:率は一定,時間不変)
  • 割引率(K)=一般利子率(Rf)+リスクプレミアム

割引率(K)の決定

 割引率(K)においては,リスクプレミアムが効率的資本市場仮説における未公表情報となっているが,それは,リスクプレミアム統計の客観性確保の難しさや,公表により市場の混乱を引き起こさないよう配慮されているためだ。

 江頭(2021)によれば,資本資産評価モデル(CAPM)を用いると,ある株式のリスクプレミアム(K −Rf)は,次の算式で表される。Rmは株式市場全体の収益率,βは経済全体の変動からもたらされるリスク(マーケット・リスク)への当該株式の感応度を示す測度である。

  (K −Rf)=β(Rm−Rf)

 この方法によれば,βとして,評価対象である会社と類似(同業種等)する上場会社株式のβの値を使うことにより,リスクプレミアムが計算できる。もっとも,取引相場のない株式等の評価が問題になるケースには分散投資によって個々の会社に特有のリスク(ユニークリスク)は消去され,マーケットリスクのみがリスク要因として残っている,という前提が満たされている場合は少ないかもしれない。

時間不変的リスクプレミアム統計測定の一案

 攻めの企業統治として,資本市場での上場企業の資金調達における重要な要因であるリスクプレミアムを合理化するために,以下で測定方法の一案を提示する。

 上記のように割引率(K)が一定であるため,リスクプレミアムも一般利子率に合わせ一定でなければならない。そこで,リスクプレミアムを時間に対して不変に揃えるには,リスクプレミアムを時間不変的要因と,時変的要因に分解し,企業統治により監視・監督することで企業の不正,不祥事が頻繁に起こらない(時変的要因が十分に小さい)と仮定し,無限期間の平均を取ると,時間不変的要因に収束するはずであるから,リスクプレミアムの時間不変的要因を取り出し,リスクプレミアムの統計を作成すれば良いことになる。

 リスクプレミアムを時間不変的要因と,時変的要因に分解するには,まず,時間領域(ある一つの変数の統計量がいつどれだけ測定されたか)である会社の不正,不祥事によるリスクプレミアムへの影響としてのテイルリスクをディラックのデルタ関数で関数化し,周波数成分で構成されるフーリエ関数として表現した上でフーリエ変換(=1)により周波数領域(どの変数の統計量がどれだけの大きさで含まれているか)である周波数成分(sin, cos)に分解する。その後,時間不変成分と時変的成分の周波数の統計量がどれくらいの大きさで含まれているかを分析し(分散分解),企業統治により不正,不祥事によるリスクプレミアムへの影響が十分小さいと仮定し,時間不変的要因(時間tの関数でない)と時変的要因(時間tの関数である)の総和の無限期間の平均を取ると,時間不変的要因に収束するはずであるから,その収束した時間不変的統計量を逆フーリエ変換により,元の時間領域へと写像すれば良い。

 この時間領域から写像して周波数領域で変換を施し,その後,元の時間領域へ写像されたフーリエ変換による写像は,元の時間領域のみで施した変換と同じものである。なぜなら,時間領域と周波数領域を行き来した関数(例えば,xとyの関数)は,全て同じ関数(例えば,上記をxの関数として表現する)を別の関数(例えば,上記をyの関数として表現する)で全く同じ表現をしただけであり,写像の前後で全く同じものであるからである。

 したがって,この写像を施したリスクプレミアムは,上記割引率(K)の方程式において,割引率(K)と,一般利子率(Rf)と同様の変換を施したものであり,同じ次元(単位)にあると言える。これにより,会社の不正や不祥事によるリスクプレミアムへの一時的で持続効果の少ないテイルリスクを同じ次元(単位)で関数化し,評価する一つの方法として考慮しうる。

結語

 本稿では,攻めの企業統治として,企業の不正や不祥事が生じた際の資本市場の不確実性とされているリスクプレミアムの合理化の一案を提示した。2025年現在の日本では,リスクプレミアムの公式統計は,未解決の問題であり一般的にはまだ公表されていないため,課題とされている客観性の確保や市場の混乱を引き起こさないよう配慮した公表方法等に基づく統一基準によるリスクプレミアム統計の整備が,攻めの企業統治における資金調達上の企業競争力の向上として急務な企業統治であると言える。

[参考文献]
  • 梅本寛人(2021), 『最新 社団法人・財団法人のガバナンスと実務』, 中央経済社.
  • 江頭憲治郎(2021), 『株式会社法 第8版』, 有斐閣.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3903.html)

関連記事

鈴木弘隆

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉