世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
なぜトランプ氏は勝利したのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.11.18
物価水準の急騰
11月5日の米大統領選挙でトランプ氏は勝利し,4年ぶりに大統領に返り咲くこととなりました。132年振りの大統領経験者の返り咲き,就任時年齢はバイデン現大統領を抜いて史上最高齢,現在は刑事被告人という異例づくめのトランプ氏の勝利は,米国経済の現状に対する国民の不満を反映しているようです。
米国の2024年9月の個人消費支出価格指数は前年同月比+2.1%と,Fedの2%インフレの目標に近いところまで下がってきました。ただ,2020年後半から上昇した物価水準がもとに戻ったわけではありません。コロナ禍以前,サービス消費の価格が緩やかな上昇傾向にあったのに対し,耐久消費財の価格は継続的に下がり,非耐久消費財は短期的に変動しながらも中長期的にはあまり上がらないという姿にありました。しかし,耐久消費財の価格は2020年6月から2022年9月までに14.8%上昇しました。その後やや下がっていますが,2024年9月時点でも2020年6月水準を10.2%上回っています。非耐久消費財価格は同時期に18.4%上昇しています。足元の物価上昇率が鈍っても,コロナ禍以前は安定していた財の物価水準が大きく上昇したことで,家計へのダメージは色濃く残っているようです。
副大統領としての責任を問われたハリス氏
11月11日付の本コラム「ソフトランディング後の米国経済」でも指摘したように,企業利益は堅調な伸びを続けている一方,雇用者報酬の伸びは抑制され,労働分配率は歴史的低水準で低迷しています。景気拡大の恩恵が労働者に行きわたっていないと言えます。
消費者物価の上昇と労働分配率の低下は,消費性向(=消費支出/可処分所得)が高く,雇用者報酬が所得の中心をなす中低所得者層にとって,相対的に不利に働きます。ハリス氏は中間層の支援を打ち出しましたが,むしろ現職副大統領として,中間層が厳しい経済状況に置かれていることの責任を問われたようです。バイデン政権への幻滅や不満が,トランプ氏の予想以上の大差での勝利につながったと考えられます。
内なる不満のはけ口を外に求める
ただ,トランプ新政権も国民の不満を解消できそうにはありません。公約の所得税減税は高額所得者層に相対的に有利に働き,格差拡大を助長するでしょう。一方で政府債務は累増しており,大規模な財政刺激策の発動は金融市場を不安定化させる懸念もあります。
トランプ政権は,解決されない内なる不満のはけ口を,外に求めそうです。トランプ氏は,中国からの輸入品に60%,それ以外の輸入品にも10~20%の関税を課すことや,不法移民対策の強化を主張しています。
米国の財・サービスの輸出入や海外との所得の受け払いのGNP(=GDP+海外からの所得の受取-海外への所得の支払い)にたいする比率は,第二次大戦後,上昇傾向にありましたが,リーマンショックの前後で頭打ちとなっています。輸出のGNP比のピークは2011年7-9月期の13.6%であり,直近値である2024年4-6月期には10.8%まで下がりました。輸入は2008年7-9月期の18.0%から14.0%へ,海外からの所得の受取は2008年1-3月期の6.1%から5.2%へ,海外への所得の支払いは2007年4-6月期の5.4%から5.0%へとそれぞれ下がっています。2017年に前回のトランプ政権が発足するかなり前から,米国経済のグローバル化にブレーキがかり,内向き志向が強くなり始めていたことがうかがわれます。
トランプ氏の大統領返り咲きは,所得格差の拡大が示す社会の分断や内向き志向の高まりの象徴であると共に,その傾向をさらに強めることになるでしょう。
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