世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3388
世界経済評論IMPACT No.3388

報復措置の応酬を懸念する欧州自動車メーカー:中国製EV補助金への相殺関税に反対

田中友義

(駿河台大学 名誉教授・ITI 客員研究員)

2024.04.22

 欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会は2023年10月,ここ数年世界およびEUの電気自動車(EV)市場で存在感が急速に高まる中国製EVに対して補助金調査を開始した。欧州委員会ウルズラ・フォンデアライエン委員長は「世界のEV市場には巨額の国家補助金で価格が人為的に低く抑えられた中国製EVが氾濫していて,欧州のEV市場を歪めている」と批判した。

 EUは2035年に一部(合成燃料を使用する車)を除きエンジン車の新車販売を禁じる方針を掲げたことからEU域内のEV販売台数が急増しており,2022年には112.3万台を記録した。今や,EUは世界最大のEV市場の中国(2023年,949.5万台)に次ぐ世界第2のEV市場(同,153.9万台)に拡大し,中国EV最大手メーカー比亜迪(BYD)をはじめとする中国勢が販売シェア(市場占有率)を大きく伸ばしてきている。

 欧州委員会によると,中国ブランドEVのシェアは2019年の0.4%から,2022年には3.7%までに拡大,上海汽車集団(SAIC)が継承した英国車ブランドMGモーターなど,欧州ブランドを冠した中国製EVを含めると,2023年1~9月では8%まで高まり,2025年までに15%を超える可能性があると予測している。また,欧州EV価格に比べて中国製EVは約20%安いとみている。

 補助金調査は13か月以内に終了する予定で,不当な補助金の存在が確認されれば,EUのルールに従って,相殺関税を賦課することを検討するとしている。2024年4月13日のロイター通信は,欧州委員会が2024年6月5日までに暫定関税を賦課するかどうか決定する予定で,その後,影響を受ける欧州自動車メーカーのリストを公表し,2024年11月初めまでに最終的な関税を決定する見通しだと伝えている。

 実際に相殺関税が賦課されれば,中国側からの強い反発や報復措置は避けられないだろう。こうしたことから,補助金調査への対応を巡って,欧州委員会と独仏などの自動車メーカーとの間で亀裂が深まっている。

 補助金調査の実施を欧州委員会に強く働きかけたとみられているフランス政府は,欧州委員会の動きを歓迎している。フランスは補助金調査開始直前の2023年9月,EVの購入補助制度を見直すと発表,事実上,中国製EVを補助対象から外した。イタリアもフランスと同じ制度の導入を検討している。これに対して,仏ルノーの経営トップは中国との関係悪化に対する懸念を示し,相殺関税の賦課に反対している。

 中国依存の高いドイツ政府や独自動車メーカーも貿易戦争になれば中国での事業に深刻な打撃を与えかねないことから,相殺関税賦課に対しては慎重な姿勢を示している。自社の世界販売の40%を中国に依存している独フォルクスワーゲン(VW)やメルセデス・ベンツの経営トップは,保護主義的な措置の連鎖が起こり逆効果だとして追加関税に反対だ。

 すでに,中国側の報復措置の予兆もある。中国は2024年1月,EU産ブランデーの反ダンピング(不当廉売)調査を開始すると発表。ブランデーの中国向け輸出の大半はフランス産のコニャックである。中国側はEUのEV調査とは無関係だとしている。

 ドイツなどの欧州自動車メーカーは多額の投資を中国で行ってきたが,中国事業に対して中国から国家支援を受けている場合,補助金調査の対象になりうる。欧州委員会は,欧州メーカーも中国からの多額の国家支援を受けていることからどのような対応を取るのか注目される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3388.html)

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