世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3325
世界経済評論IMPACT No.3325

EUを襲う右傾化の波と欧州グリーンディールの行方

平石隆司

(三井物産戦略研究所 シニア研究フェロー)

2024.03.04

1.EUで強まる右傾化

 EUにおける右傾化が顕著である。2022年のイタリアにおける「イタリアの同胞」を軸とする政権誕生,2023年のフィンランドにおける「フィン人党」の政権参画,オランダ総選挙における「自由党」の第一党への躍進等,①EU懐疑主義,②反気候変動政策,③反移民・難民等を掲げる右派ポピュリストが躍進している。同時に,EU各国の中道右派政党や,欧州議会の最大会派EPP(欧州人民党)の政策も,気候変動政策,移民・難民政策を中心に右寄りにシフトしている。

 右傾化の背景として,①インフレ及び景気低迷長期化を背景とした市民の生活困窮,②脱炭素化の旗印の下,矢継ぎ早に気候変動対策が強化され大幅な負担増を強いられることへの不満,③難民急増による,社会保障費等の財政負担増や治安悪化等への警戒感の高まり,等が指摘できる。

2.欧州議会選挙で予想される右派ポピュリスト躍進

 右傾化の中,2024年は5年に1度の欧州議会選挙(EUの下院に相当。現行705議席→2024年選挙より720議席)が実施される。世論調査によれば(Politico,2/27調査),右派ポピュリストECR(欧州保守改革)やID(アイデンティティと民主主義)が其々現行の67→78,同58→87へ大幅に議席を増やす。一方,現議会で1~3位を占める中道右派EPP(欧州人民党)は177→174,中道左派S&D(社会民主進歩同盟)は141→137と其々微減,中道リベラル派Renew Europe(欧州刷新)は101→82と大幅減で,中道三派は低迷予想。また,環境重視のGreen/EFA(緑の党/欧州自由連盟)は71→45と大幅減,左派ポピュリストのGUL/NGL(欧州統一左派連合/北方緑の左派)も38→33へ減少予想。

 こうした選挙結果はEUの政策に広範な影響を及ぼすが,本稿ではEUが世界の牽引役となっている気候変動政策に焦点を絞って分析する。

3.欧州グリーンディールの現状と,Green Backlash

 2019年にEUは,2050年迄の気候中立を目指す「欧州グリーンディール」を発表以来,矢継ぎ早に広範囲にわたる気候変動政策を成立させてきた。中間目標として,2030年の温室効果ガス排出削減目標(1990年比で55%削減)を達成するための政策パッケージ‘Fit for 55’の主要法案の採択をほぼ完了している。

 もっとも,欧州環境庁の試算では,野心的な2030年の中間目標達成には十分では無く(7%ポイント不足),追加策や対策の前倒しが必要な状況だ。

 一方,気候変動対策によるコスト負担に喘ぎ反発する国民の声を反映し,2023年以降これ以上の規制の厳格化や実施のスピードを鈍化させようとする‘Green Backlash’が勢いを増している。

4.右傾化が気候変動政策に及ぼす影響

 2024年には,①EUレベルでの政策決定を受けて,加盟国毎に具体的にどのように温室効果ガスを削減するのかに落とし込む「国家エネルギー・気候計画」(NECP)の最終案の欧州委員会への提出,②EU全体での2040年までの温室効果ガス排出削減目標の設定,等が控える。

 しかし,反気候変動対策を掲げる右派ポピュリストの台頭に加え,欧州議会において欧州グリーンディールの推進役を担ってきたEPPが,企業の競争力重視や農業との協調等を掲げ,気候変動政策のモラトリアムを要求する等,気候変動政策を軌道修正していることに注意が必要だ。

 ①については加盟国から十分な追加策が提示される蓋然性は低いと見られる。②については,2024年2月,欧州委員会が,域内の温室効果ガスを2040年に1990年比90%削減する勧告を発表した。目標達成には,Fit for 55の完全な履行に加え,他セクターに比べ脱炭素化が遅れている運輸,建物,農林業部門,等における取り組み強化や,CCS(二酸化炭素回収・貯留)技術と同産業の迅速な展開,次世代原発SMR(小型モジュール炉)の開発促進等が必要とされる。しかし,事前にリークされた勧告草案には含まれていた「農業部門の温室効果ガスを2040年に2015年比30%削減する」との文言が最終勧告では削除され,昨今の欧州各地での農民の抗議デモ等の圧力に欧州委員会が腰砕けとなり,実効性ある2040年目標値での合意は容易ではない。欧州委員会の試算では,上記の勧告達成には,エネルギーシステムにおける投資を2011-20年のGDP比1.7%から2030-40年に同3.7%まで拡大する必要があるが,実現のハードルは高い。

 欧州グリーンディールの枠組みは多くの部分が成立済みで,2024年以降はインプリメンテーションが進む。しかし,EPPのリークされた暫定マニフェストは,①政策の技術的中立性,②企業の国際競争力重視と中小企業サポート,③家計の負担軽減等を軸に政策判断する姿勢を示す。当初含まれていた「2035年以降内燃機関車の新車販売を禁止する規則」の即時修正要求については,EPP内でフォン・デア・ライエン欧州委員長との綱引きの結果後削除された模様だが,欧州議会選挙後に蒸し返される可能性もある。EPPは,2/27に,欧州グリーンディールの主要法案の一つである「自然再生法案」についてECR,IDと組み否決を試みる等,一部政策で右派ポピュリストとの連携に踏み込んでいる。

 企業は,政策毎のきめ細かな見極めが重要となり,欧州政治についての詳細なウオッチと,前述の判断軸を基にした複数の政策シナリオの想定,それに基づいた前広の打ち手の準備が必要だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3325.html)

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