世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3261
世界経済評論IMPACT No.3261

なぜ日本のデジタル化(DX)は世界に後れをとっているのか?

小林規一

(国際社会経済研究所(IISE) 主幹研究員・立命館大学デザイン科学研究センター 上席研究員)

2024.01.15

 日本のデジタル化(DX)は世界に後れをとっていると言われている。デジタル庁の新設等,国を挙げて様々な取り組みが行われているが,結果としてデジタル技術の活用が企業や社会の国際競争力向上に結びついていない,という意味で「デジタル敗戦」という言葉がメディアでしばしば使われるようになっている。

 スイスのビジネススクール,国際経営開発研究所(IMD)が発表している『世界デジタル競争力ランキング2023』によると日本の順位は過去最低である32位(63カ国中)になっている。また,過去の推移をみても,2013年の20位から,2023年の32位まで継続的に順位を落としている。

 かっては世界からハイテク先進国と見られていた日本がデジタル化社会への移行で足踏みしているのは何故なのか?これには様々な理由があると思うが,「目に見えない文化的要素」が大きな要因になっていると私は考えている。

 1970-80年代に日本は産業競争力や経済面でグローバルなプレゼンスを誇り80年代の終わりには世界企業時価総額ランキングでトップ20社中14社が日本企業だった。これは日本の単一民族/単一文化をベースにしたマネジメント手法の成功が底流にあったと思う。その後インターネットをはじめとするIT革命により,人モノ金情報等の経営資源がグローバルにネットワークされ,多民族/多文化をベースにしたマネジメント手法が求められる中で,昭和の強烈な成功体験が逆に新たな変革を起こす上でのブレーキになっているのではないだろうか。

 デジタル化はサービスの提供者,ユーザーの双方にメリットをもたらしている。例えば多文化社会の英国でユーザーがデジタル化を歓迎したのは,移民が多く政府や企業の顧客対応のレベルが日本では考えられないほど低かった環境下で,デジタル化がサービスの改善面で利用者側に明確なメリットをもたらしたことが大きい。同時に政府や企業サイドでも業務のデジタル化により人件費をはじめとする大幅なコスト削減や生産性向上が実現でき,双方がWin-Win(両者が得する)の関係になっている。

 他方,単一民族/文化社会の日本では政府や企業の顧客対応レベルはおそらく世界最高レベルであり,痒い所に手が届く様なサービスを提供してくれるので,省人化を意味するデジタル化がむしろデメリットをもたらすものとしてユーザーに認識されるケースがしばしばあると思う。また,政府や企業は解雇規制で雇用を簡単に減らせないので,既存の人員を維持しながらデジタル化を図るというケースが多くなる。結果として従来の紙ベースのアナログ業務プロセスと新たなデジタル業務プロセスが混在する状況を生んでいる。日本の政府や企業で依然としてFAXやハンコが使われているのがその一例と言えるだろう。こうして欧米ではデジタル化がサービスの提供者,ユーザーの双方にメリットをもたらしている一方で,日本ではどちらの側も強いメリットを感じていない状況が生じている。

 こうした彼我の差がなぜ生まれるのか? 多少シニカルに言えば日本人が世界の中で見ると教育水準が高いことに加えて,正直で真面目,そして相手の事を思う気持ちが強いことがあげられると思う。海外に長く住んでいると日本で窓口対応をする人がどの人も丁寧,優秀であることに感動することがしばしばあるし,現金で支払いをする際に客がお釣りの切りが良くなるように端数の金額を計算して支払うのを見かけるが,これは私の海外経験ではほとんどない。

 人間は感情を持つ社会的な存在である。窓口対応が冷たい機械か人間のどちらがいいかと言われば後者と答えるのが自然である。しかし,グローバル化の波が世界規模で広がる中で,各国の政府や企業も新たな環境に対応するために,多民族/多文化を前提にした運営を求められるようになってきているが,そこでは冷たい機械(デジタル化)がサービスの提供者,ユーザーの双方に様々なメリットをもたらしている。

 日本は江戸時代の200年以上の鎖国で世界に誇る独自の社会や文化を築いたが,急速な少子高齢化が進む日本が豊かで持続可能な社会や経済を維持するためには,生産性の向上,企業競争力の強化といった側面でも,「古き良きの日本の伝統や慣習のアップデート」は避けて通れないと思う。日本文化は素晴らしいし変えるべきでないものもたくさんある。しかし,グローバル競争が進展する中で日本のポジションが様々な分野で徐々に低下している今日,日本全体が危機感を持ちながら明治時代のように謙虚に世界に学び,良いものは積極的に取り入れるべきではないだろうか。福沢諭吉は明治時代に「脱亜論」を唱えたがデジタル化では日本が欧米だけでなくアジア諸国よりも遅れてしまった今日,デジタル化でのいわば「脱日論」について考えてみてはどうだろうか。

 ダーウィンの進化論は,「生き残るのは,種の中で最も強い者ではない。最も知的なものが生き残るのでもない。変化に最も適応できるものが生き残る」と言っている。かってのハイテク先進国日本もデジタル化については彼のメッセージにもう一度耳を傾けてもいいと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3261.html)

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