世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3086
世界経済評論IMPACT No.3086

米国映画業界ストが意味するところ:技術革新・経済通商・安全保障の交差点

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.08.28

63年ぶりの両組合ストライキ

 米国の映画業界でのストライキが話題になっている。全米俳優組合(SAG-AFTRA)と全米脚本家組合(WGA)がともにストに突入しており,これはレーガン元大統領が全米映画俳優組合(SAG。SAG-AFTRAの母体の1つ)の会長を務めていた1960年以来となる。

 ハリウッド映画業界の動向については,今回のストでも著名スターが支持表明したり,あるいはスケジュールがキャンセルになったりで報道の取り扱いは大きいものの,芸能ジャンルとして報じられることが多いように思える。しかし,米国映画業界の動向は,米国のみならず世界の政治・経済を見る上でも重要な論点を含んでいる。少し,話を広げてみたい。

AI技術革新がハリウッドの雇用を脅かす

 まずは技術革新である。今回のストでは,AIの取り扱いがストの焦点の1つになっている。俳優業については,エキストラなどの俳優の全身を事前に画像としてスキャンして保存しておき,これをコンピュータ処理することで,その後,俳優が実際に演技することなく自在に「出演」させてしまうという方法にいかに対応するかで,労使が対立しているという。脚本業でもAIの取り扱いが交渉の俎上にある。IT技術,特にAIの進展が雇用を脅かすという机上での論説は多く目にして来たが,それが具体的な形となって表れてきた。世界中の産業の一番目立つところで,AI活用とその影響に関して,ステージが確実に進んでいることを分かりやすく示してくれている。業界外の人間にとって,AI活用でこのような形でエキストラ俳優が効率化されるなどとは,なかなか思いつかない。同じ問題が他国映画業界に生じうることは勿論,他業界でもこの発想を応用,あるいはヒントにした効率化・リストラが生じてくることが予想される。

米国看板産業の減退傾向と競争力維持

 経済・通商面での影響も,実はかなり大きい。今回のストは俳優16万人,脚本家1万人超に及び,長期化で映画製作の遅延・中止が懸念されている。映画・ビデオ産業(制作・配給等)は名目付加価値額651億ドル,32.6万人の雇用を擁するのみならず,大幅な貿易赤字を続ける米国にとって,黒字を生み出す貴重な産業でもある。2021年の映画・テレビ向け映像・音楽作品は,輸出144億ドル,黒字は47億ドルとなっている。同年の他の輸出と比べると,コンピュータ(176億ドル)よりは少ないが小麦(74億ドル)よりは多い水準であり,映像・音楽作品は一般の財のようには輸入原材料や輸入部品がない分,付加価値輸出額も多くなるものと考えられる。

 ただし,輸出額,黒字額は,ともに減少傾向にある(2017~2020年は,輸出額が201億ドル→176億ドル→168億ドル→138億ドル,黒字額が118億ドル→89億ドル→75億ドル→50億ドル)(注1)。統計には様々な要因が影響していようが,世界の映画マーケットにおける米国スタジオ作品のプレゼンス低下を指摘する声もあり,他国の映画と比較した時の米国映画の魅力が相対的に減退している可能性は否定できない。米国の看板産業としての映画業界にとって,コロナ禍の開けた今は,どれだけ盛り返せるか大事な時期といえる。

 しかし,今回のストライキによって,トム・クルーズの映画宣伝のための来日がキャンセルされたように,海外での作品宣伝にも影響が出ており,また,ストが長引けば制作本数の減少ともなるだろう。他方,スト解除のためにAI活用を大幅に制限するとなれば,AIを積極活用する他国の映画産業との国際競争に不利となる可能性もある。そうなれば,維持しようとした雇用にもダメージとなる。

棄損されるソフト・パワー,訴求力が落ちる恐れ

 最後に,国際関係面を見ておきたい。米国映画の魅力とは,米国自身の魅力と直結する面がある。その意味で,米国にとって映画産業の持つ価値は,経済面だけではない。映画やテレビ番組のコンテンツを通じて米国の価値観を世界に普及させ,国際関係を優位に進めるための一助とする,いわゆる「ソフト・パワー」としての位置づけである。たしかに,過去,米国が政治経済面で世界に振りまいてきた影響は,イラク戦争とその後の混迷,世界金融危機,大統領選挙をめぐる議会乱入など,決してポジティブなものばかりではなかった。しかし,米国映画はそうした動向に影響はされながらも,コアとしての人権や自由,民主主義といった基本理念面では,揺るぎなくメッセージを発信し続けてきた。世界の多くの視聴者もそれを希求,あるいは少なくとも,受け入れてきたといえる。

 もし,上述の米国映画の輸出減が,そうしたメッセージの訴求力や魅力の低下を示すものだとすれば,米国外交面でも不安材料となる。世界の自由主義国の数は,近年,むしろ減少傾向すら認められる(注2)。米国自身,選挙をめぐっての混乱から議会乱入,前大統領の起訴と続き,米国や米国製コンテンツの有するソフト・パワーを棄損している。米国の混乱の背景には,国内の保守・リベラル間の価値観の乖離や国民間の分断が止まるところを知らずに拡大していることがあり,こうした状況もまた,コンテンツからパワーを削ぐ。

 2010年代後半に始まり激化する米中対立,さらにはロシアによるウクライナ侵略も生じ,「グローバルサウス」との関係強化が喫緊の課題となっている。米国としては,今こそ自身が持つソフト・パワーを必要としているが,実情は厳しい。

バイデン政権は組合側支持

 以上,さまざまな側面から見て,今は米国にとってもっとも映画産業の興隆が求められているタイミングであると言える。しかし,そこで実際に生じているのは,63年ぶりの俳優・脚本家両組合ストライキである。教科書的には,技術革新を積極的に推進しつつ,その結果生じた失業問題については再教育や就業支援によって他産業への転職を実現することが必要となるものの,転職がうまく機能しないからこそ保護主義やトランピズムが生み出されたのが現実である。

 来年,自身の大統領再選と議会選挙を控え,バイデンは民主党の地盤でもある組合側の支持を打ち出している。他方,AI活用を阻害しすぎれば産業の競争力を落とすのは上述の通りだ。

 映画業界の労使,さらには仲介者となりうる政府が,いつ,どこに落しどころを見出すのか,影響が広範であるだけに,注目される。

[注]
  • (1)以上のデータの出所:Arts and Cultural Production Satellite Account (ACPSA), U.S. Bureau of Economic Analysis and National Endowment for the Arts.
  • (2)”FREEDOM IN THE WORLD 2023”, Freedom House 2023.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3086.html)

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