世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2844
世界経済評論IMPACT No.2844

建設候補地東北で今年初のILC講演会:政府への働きかけ強化で期成同盟会も

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.02.13

 実現すれば日本が初めてのホスト国となる国際科学プロジェクトに,次世代線形加速器ILC(International Linear Collider)計画がある。欧米から建設候補地は日本で北上山地の岩手,宮城両県に跨る南部が適地とされ,東日本大震災からの復興を見据えて東北地方では活発な誘致活動が行われてきた。今年は1月23日午後に岩手県ILC推進協議会が盛岡市内のホテルでオンライン中継を含め開催したもので,県内外約300人が参加した。講演会はYouTubeライブで視聴したのでその概要を紹介し,併せて誘致機運の醸成と政府への働きかけを強化する期成同盟会結成の新たな展開に注目する。

ILC誘致の意義や準備状況を概説

 今年初の大掛かりな講演会は質疑を含め1時間45分開催され,まず日本加速器学会会長が「新時代を開く加速器ILC」と題し生活に身近な加速器の意義を,また高エネルギー加速器研究機構(KEK,茨城県つくば市)の研究責任者が準備状況についてそれぞれパワーポイントを駆使して説明した。加速器は一般には馴染みが薄いのでヒッグス粒子の発見や医療のCT等具体的な応用例で,また日本での建設が推されているのは研究や関連技術が世界最先端であるからと報告された。さらに,大きな電力消費に見合う環境保全に地元森林資源を活用する研究例や国際的な多文化共生社会が生まれる期待が提示された。

 この講演会は地元以外ではほとんど周知されていなかった。計画が明らかになった10年ほど前には全国的に注目され大手マスコミもこぞって報道したが,今回は首都圏でも事前に伝えられていなかったようだ。所管の文部科学省は,2014年から4年余かけて有識者会議を開催,21年には2期目の会議で検討を続けたものの,昨年2月に誘致決定は時期尚早と先延ばしした(注1)。この推移から日本国内の関心が低下し,建設候補地の東北地方以外では広報が大幅に減った。筆者はILC計画に当初から注目し,今回は熱心な報道を続ける岩手日報紙のウェブサイトから開催を知った。同紙は「ILC東北誘致」と題した特集報道を続け,関連情報の配信を行っている。

 同特集では,所管の文部科学省や学会,関連産業界,推進協議会等の活動に加えて,国際機関や欧米の動向を逐次報じている。また,住民への説明会や子供達への教宣学習活動も伝えており,中には子供代表のCERN(欧州合同原子核研究機構,スイス)訪問記や地元開催の国際学会代表との学習会といったユニークな記事もあった。東北では夢のある稀有な国際計画故に話題性大で地元紙が意気込む広報活動で,実現可能性に思い入れがありILC誘致に関する最も広範な情報ソースになっている。

欧米は日本政府の意向先延ばしに不満

 昨年2月に文部科学省は,ILCの学術的な意義は大きいが誘致判断や準備研(Pre-Lab)移行も時期尚早とした。以降日本国内では関心が低下し,日本への建設をサポートしてきた欧米ではフラストレーションが高まった。コロナ禍のパンデミックで各国とも財政課題が大きくなった背景もあるが,日本政府の意向先延ばしに戸惑い不満のようである。例えば,東北でのILC計画を推進してきた組織LCC代表で素粒子物理学学界の重鎮リン・エバンス氏は,「日本政府は新しい委員会を設立しては報告書を出すことの繰り返し。向こう1年間で進展がなければ日本での計画はなくなるかもしれない」と述べている(注2)。

 日本政府もILC計画の意義や欧米が日本での建設を推しているのを認めている。しかし,このまま環境が揃うまで誘致の決定を先延し続けると,千載一遇とも言うべきILC計画の日本誘致はタイムリーな進展を失することにもなりかねない。日本の将来を画すにはこれは避けなければならず,政治的に迅速な政策判断が求められるであろう。最近の日本経済の閉塞状況や国際社会における日本の地位の低下は,政策動員を先延ばして適切な政策判断を怠った政治の劣化を否定できない。とすれば,ILC計画の日本への誘致はリスクがあってもタイムリーに英断をすべきで,日本の政治力が今正に問われていると言えよう。

 今回の講演会講師は,誘致するには政治,行政,学界,産業界,地元の熱意が大切として今後の活動強化を訴えた。折から,かつて「白河以北一山百文」と言われた東北地方で計画実現の機運醸成と日本政府へ働きかけを強化するために,岩手,宮城両県の17市町の首長や議会,経済団体が中心になり「ILC実現建設地域期成同盟会(仮称)」が結成されようとしている。誘致計画が進展しない現状への危機感が背景にあり,この新たな取り組みに注目したい。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2844.html)

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