世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2790
世界経済評論IMPACT No.2790

平和憲法を持っていても,戦争は向こうからやって来る

市川 周

(白馬会議運営委員会事務局 代表)

2022.12.19

 去る11月19日(土)~20日(日),長野県白馬村シェラリゾートで白馬会議が開催された。2019年の第12回以後3年ぶりの現地開催となった。「西にダボス,東の白馬」を創設期に標榜したように,白馬会議のモデルはスイス・ダボス会議だ。ダボス会議は,欧米を中心に産官学のリーダー集い,世界戦略を巡る知的駆け引きを展開するが,白馬会議は何処まで行っても日本人参加者中心の「FOR JAPAN」論議である。白馬に様々な舞台で活動する「志ある知的個人」が集まって,「世界における日本の針路」について意見を述べ合う作戦会議である。

 今回のテーマは『コロナ後・ウクライナ後の日本の未来を問う!』。コロナパンデミックス,そしてウクライナ戦争という世界史的大変動の先にどんなニッポンが見えて来るのか? 国際政治,日本経済,日本政治の3つの切り口から熱論が展開された。最初に登壇した鈴木一人氏(東京大学公共政策大学院教授)は「ウクライナ戦争が投げかけた日本の安全保障への教訓」について言及,その結論は「平和憲法を持っていても,戦争は向こうからやって来る」という大変ドスの利いたものであった。

何故,ロシアは戦争を始め,国際社会は止められなかったのか?

 鈴木氏は先ず,ロシアがウクライナに侵攻した理由としてNATOの東方拡大に対するロシアの不満説を否定した。ロシアの不信感はアメリカによるウクライナ国内の民主革命の動きに発していたという。親露政権が再度打倒され親欧米政権が樹立された2014年のマイダン革命が決定的で,その年にロシアによるクリミア占拠があり,今回のウクライナ侵攻と東部地域占拠はその延長上に位置づけられるという。去る2月末に侵攻が開始された理由は,コロナによるプーチン政権内部の変調(側近の大統領への接触機会の限定化と報告情報の忖度化)やアフガニスタン撤退による米国介入への軽視があった。これがウクライナ侵攻におけるロシアの「絶対の自信」と「慢心」を生み,結果,準備不足による劣勢や膠着化に遭遇することになったという。

 一方,何故,欧米をはじめとする国際社会はロシアのウクライナ侵攻を止め得なかったのか。鈴木氏は2つの理由をあげる。1つは核抑止に伴う「安定・不安定パラドクス」だ。ロシアと米国及びNATO核保有国の間では核による抑止が相互の安定を作ってきたが,ウクライナ侵攻は通常兵器による不安定化を誘引した。もう1つは集団的自衛権の不在である。ウクライナはNATO加盟国でないため西側諸国の軍事介入を受けることが出来ない。このためロシアの通常兵力による蹂躙を余儀なくされたわけだが,自力の抵抗力と米国を中心としたNATO諸国からの武器供与や人道支援等で国家崩壊を逃れた。

戦後レジュームは終焉したのか?

 鈴木氏の見方は悲観的で深刻なものであった。ウクライナ侵攻は「国際法に基づく自由な世界で自由貿易を営み,共に豊かになり戦争のない安定した秩序を実現できる」という国際社会が第二次世界大戦後,営々と築いてきた基本的枠組みを崩壊させた。鈴木氏は戦後レジュームにおける「3つの終焉」を炙り出す。

1)国連中心の国際秩序の終焉?

 先ず,国連安全保障理事会の完全な機能不全。安全保障理事国が他国を軍事侵略しても,それを国連憲章違反とし止めることが出来ない。当該理事国が拒否権を発動するからだ。旧ソ連は79年のアフガニスタン侵攻の前科がある。この時も安保理は旧ソ連の拒否権で侵攻を止めることが出来なかった。アフガニスタンのケースでは当時の政権与党が旧ソ連の軍事介入を要請したが,ウクライナではロシアによる一方的な国家主権の蹂躙だ。これを止められない第2次大戦の5大戦勝国による国連平和管理への幻滅は深まった。さらに米国の内向き志向も気になる。アフガン侵攻の時は翌80年のモスクワオリンピックボイコットや旧ソ連の核ミサイル排除を目指したSDI(戦略防衛構想)等,米国は国際秩序の維持強化に動いた。しかしバイデン政権にはそんな意欲熱意は感じられない。依然,トランプ時代の内向きなアメリカファーストを引きずりながらウクライナ一国への武器供与,人道支援にとどまり,米国が新たな国際秩序再構築をリードするという動きはみられない。

2)自由貿易体制の終焉?

 第2次大戦後の国際経済秩序の軸となって来た自由貿易体制も大きく揺らいだ。ロシアに対する経済的な攻撃,すなわち経済制裁が西側諸国により徹底かつ広範に展開され,ロシアも天然ガスの「武器化」で応戦する。同様の手法を米国は中国との技術覇権競争にも対中半導体輸出規制の強化という形で使い始めている。グローバリズムで進展した自由貿易体制の相互依存が国家間の敵対化により経済制裁という禁じ手を生み出し,それが自由貿易体制自体の首を絞めるという皮肉な結果を招来させている。

3)核不拡散体制の終焉?

 核拡散核防止条約とは兵器保有国5か国(米・ロ・中・英・仏)以外の核兵器保有を禁止するもので,その代わりに保有5か国は核兵器の保管管理に責任を持たされ,いわんや戦争使用はあってはならないものとの暗黙の了解があった。その了解をプーチンはウクライナへの脅しとして破った。プーチンによってパンドラの箱は開けられ止めどもない核拡散の恐怖と疑心暗鬼が蔓延することになった。

これから国際秩序はどう変容するのか?

 戦後レジュームが崩壊し,新たな秩序変動に向かう中でロシア,米国,欧州,中国の当面の動きはどうなるか,鈴木氏は次のように見立てる。

1)シュリンクするロシア

 西側諸国の対ロシア信頼度は致命的に低下し,ウクライナ侵攻以前のような国家としての付き合いが復活することは先ずあり得ない。ロシアの食糧・エネルギー輸出市場としての西側諸国への信頼も大幅に後退し,中国・インド・新興国市場への依存が高まっていく。但し安売りによる販路開拓を余儀なくされ外貨収入が低迷,ロシア経済の失速が軍事力や政治力のシュリンクに拍車をかけることになろう。但し,保有核兵器は米国に次ぐことから国際政治変動ファクターとしては極めてリスクの高い存在であり続けるだろう。

2)相対的超大国アメリカ

 「期せずして超大国の立場を取り戻すアメリカ」と鈴木氏は表現する。言わばロシアの極端な暴走が欧米の集団的自衛権スキームとしてのNATOの有用性を再認識させた。東西冷戦下,非同盟を堅持して来たスウェーデンやフィンランドのNATO加盟申請が象徴的である。但し,米国には戦後の国際秩序大刷新の構想も意欲も希薄だ。このことはEUも日本もわかっており,自分たちで存立基盤強化を模索せざるを得ない。

 米国が本気になるのは警戒を強めている中国が名実ともに超大国として対峙してくる時であろう。

3)次の戦争に備える欧州

 欧州にとってロシアの脅威は依然,存在する。ウクライナ戦争でいくら消耗してもいつかは回復すると警戒を怠らない。米国の有事介入については過剰期待できないところから自国防衛力にも注力せざるを得ない。一方,エネルギーの自立性強化も課題であり,GX(グリーントランスフォーメーション)の推進やLNG基地の増強が重視される。

4)ウクライナ教訓から学ぶ中国

 中国はロシアのウクライナ侵攻を凝視しながらいくつかの教訓をつかんだ。先ずは武力による現状変更の難しさである。今回のロシアの苦闘(失敗?)を見ながら短兵急な台湾への軍事侵攻を自ら諫めたはずだ。といって台湾内部からの「演変」(政治的圧力)による平和的統一も不透明な中で,最終統一目標の2047年(中国建国百年)に向けて情勢は極めて流動的であり,軍事侵攻リスクも否定できない。ロシアと西側の経済制裁駆け引きも単純な効果評価は難しく,中国としては経済制裁の主体,客体の両面からの戦略研究と実践を重ねていくだろう。いずれにせよ継続的な軍拡により米国との熾烈な超大国競争が続く。

日本が得た教訓とは?

 鈴木氏の基本認識は「平和憲法を持っていても,戦争は向こうからやって来る」に尽きる。国連憲章型の国際安定秩序がウクライナ侵攻で明確に崩壊した以上,「日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚し,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した」という国連憲章を大前提にした日本国憲法前文を出発点にする戦後日本平和外交の根本的見直しが問われている。この観点から鈴木氏は台湾有事への軍事安全保障の備えを強調するが,日本の単独核武装論には慎重で日米同盟による日本の主体的な核シェア型対応を模索すべきとする。

 その他注視すべきははエネルギー戦略の再考である。ロシアからの石油・天然ガス輸入は元々中東への過剰依存脱却から出た分散戦略であったが,分散先から思わぬ揺さぶりを食らうことになった。サハリン1,2事業についてはプーチン後を見据えた長期視点から一時的な輸入抑制はあっても権益自体は捨てるべきではない。G7内の日本の存在感については今回ウクライナがらみでは従来以上に勤勉に対処したことが評価されたが,軍事力はさておき日本としての独自制裁能力を強化すべきで,相手国が日本から経済制裁を発動されたら身動きが取れないような「チョークポイント」型技術・製品の自前開発にもっと注力すべきだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2790.html)

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