世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トルコは来年に総選挙:国民が恐れる“内戦”とは
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2022.11.14
ウクライナ問題に便乗し,トルコが国際的な存在感を高めている。戦争開始初期のトルコ国内にウクライナ,ロシア代表を招いた会談は言うに及ばず,最近のウクライナの小麦輸出再開に向けた働きかけは,トルコの国際的プレゼンスを高めた。また,トルコ製ドローンはウクライナの戦場で大活躍し,トルコ製兵器の評判を高めた。
一方で,足元の国内情勢は悪化の一途を辿っている。筆頭はインフレである。アメリカの利上げ,燃料価格の高騰という国際的な要因とは別に,以前からリラの暴落は続いていた。経済評論家たちは金融政策がどうこうといった細かい議論に明け暮れているが,本質的には西側途上国の雄であったトルコが欧米の望まない方向へ暴走していることに対する「トルコ売り」がある。拍車がかかったのは,2018年の米ブランソン牧師拘束問題で,トランプが解放しなければ「トルコ経済を破滅させる」と発言したことがさらなる暴落の一つの契機となった。その後,牧師は解放され,トランプとエルドアンは不動産利権などによる蜜月が続いたが,リラのレートが戻ることはなかった。もう一つはエルドアン政権のさらなる独裁化である。エルドアンは国民生活の悪化に無為無策かつ,経済悪化に比例して強権の度合いを強めている。クルド政党,ギュレン派に対する弾圧はもう数年来のことであり,空気のように当たり前となっている。今では,エルドアン政権に反対する全ての勢力が弾圧の対象になりつつあり,最近成立した通称「検閲法」では野党の指導者が“最初の餌食になる”とも噂される。
こうした中でトルコの人々の間には,ある重大な不安が渦巻いている。それは,総選挙を迎える来年に「内戦」になるのではないかというものだ。ある調査では55%の人が「エルドアンに投票しない」と答え,政権に対し否定的な審判が下るとみられる。ただ,そう簡単に権力を手放さないであろうことから「内戦」の可能性がまことしやかに語られるのである。エルドアンが仮に勝利しても,これまで繰り返されてきた選挙不正疑惑がつきまとう。昨年,イスタンブールで「エルドアンが当選しても承認せず戦う」という男性の街録動画がネット上で大きな話題となった。トルコ語で「トルコ内戦 2023年(Türkiye iç savaş 2023)」と検索をかけると,メディアの記事やYoutube動画,また質問サイトにおける投稿などが表示される。では,何と何がぶつかり合うのか。トルコの対立軸と言えば,誰もが思い浮かべるのが二大民族のトルコ人とクルド人の問題だ。トルコ―クルド内戦については,2015年後半によく議論されていた。というのも当時,エルドアン政権は数年来のクルド人勢力・クルディスタン労働者党(PKK)との和平交渉を打ち切り,クルド人地域各地でPKKの都市ゲリラ部隊,市民防衛部隊(YPŞ)とトルコ治安部隊が熾烈な市街戦を繰り広げたからである。2016年中盤には最後までクルド側が粘っていた都市も制圧され,一連の“反乱”は終わりを告げた。その後も,PKKとの散発的な衝突は続くが,PKK側に大規模な攻勢を準備しているとの情報はない。
一方,今のトルコは民族という単純な構図では割り切れない。実際,この“内戦”論議においても,大きな対立軸として論じられているのが,イスラム主義勢力と世俗主義勢力である。イスラム主義者である大統領エルドアンは,農村など地方を中心とした建国以来の世俗主義への反発を背景に支持を集めてきた。世俗主義の牙城は,言わずもがな軍だ。軍は多種多様な利権を牛耳る経済機構としての側面も持つ。そうした利権などが庶民の怒りの的となってきた。軍は2016年のクーデター騒動後,徹底的に粛清され,現国防相はエルドアンの完全な代理人である。ただ,伝統的には,建国の父,ケマル・アタテュルクが設立した野党と関係が深く,内戦ともなれば一部が野党側につくことも考えられる。あるYoutube動画では,過去の選挙で野党の得票率が高い地域と与党の得票率が高い地域の争いになると論じられていた。さらに,クルド人が多数を占める地域は南東部に集中するため,“天下三分”が最もあり得る勢力図だ。こうなると混戦,泥沼というのが相応しい。トルコ社会は米中間選挙の比ではない深刻な不安を抱え,来年の選挙に臨む。
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