世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2706
世界経済評論IMPACT No.2706

ロシアにおけるアグリビジネスの成立

本山美彦

(公益社団法人 国際経済労働研究所 所長・京都大学 名誉教授)

2022.10.10

 ソ連圏解体後,いずれの共和国も,それまでの政府による農地所有ないしは管理システムを大幅に縮小させた。しかし,ロシアとその他の旧ソ連圏の農地経営は対照的なものになった。ロシア以外の旧ソ連圏である東欧諸国は,農地のほとんどが個人所有に代わったが(ただし,集団による相互規制はまだ残っている),ロシアでは大企業による農業形態が支配的なものになっている。

 10月革命時,「労働者評議会」(ソビエト,soviet)は土地所有の布告を出して,帝政ロシア時代の農地の個人所有権を廃止し,1917から1990年までの間,農地はすべて政府の管理下に置かれていた。しかし,ソ連が崩壊する1年以上も前の1990年11月に成立した「土地改革法」(Law on Land Reform)で,土地の個人所有の権利が認められた。1991年には,1978年に改訂されていたソ連憲法の修正案で,政府以外の組織でも農地を所有できる権利を持っている点が再確認された。1993年12月に制定された新生「ロシア連邦」(Russian Federation)の憲法でも,「個人,政府,その他の組織は,土地および自然資源を所有することができる」(憲法第」9条)ことが明記された。こうした方針に沿って,「土地の所有者は誰なのか?」といった課題を掲げて1992年と1994年に土地調査が実施された。

 ただし,ロシア連邦を構成する共和国のすべてが農地の私有権を認めているわけではない。ロシア連邦を構成する構成体は88ある。ロシア連邦は,共和国21,自治州1,自治管区9,地方7,州48で構成されている。このうち,10の共和国が農地の個人所有を認めていない。「タタルスタン」(Tatarstan),「ダゲスタン」(Dagestan),「コミ」(Komi),「マリエル」(Mari-EL),「カバルディノ・バルカリア」(Kabardino-Balkaria),「北オセチア」(North Ossetia),「トゥヴァ」(Tuva),「サハ」(Sakha),「クリアキア」(Kriakia)がそれである。

 ロシアの集団農場である「コルホーズ」((kolkhoz)と政府所有の「ソホーズ」(sovkhoz)は,それぞれの単位が何千ヘクタールという大規模農場であった。ロシア政府は,1992年以降,これらの大規模農場を民間に譲渡した。ただし,民間と言っても個人ではなく,巨大な企業組織である。1992年から1996年の短期間の間に,ロシアの農場の83%が民間企業所有になり,政府所有はわずか12%に過ぎないものになっていた。残りの5%は,コルホーズやソホーズにいた労働者の共同所有になった。

 労働者の共同所有農場には厳しい決まりがある。個人は,農場を勝手に経営することが許されず,つねに全会一致の方針に従うことが義務付けられている(注1)。これが,ロシアで完全な小農型家族経営形態が生じないことの最大の要因である。

 1990年代に入って,農業の家族経営が始まり,権力を握ったボリス・エリチン(Boris Yeltsin)が,1991年にその後押しをしたが,上記のように,1家族による経営でなく,各家庭は持ち分の権利のみ与えられただけで,実質的には複数の家族(5~10家族)による共同経営であったために,この種の経営による農地は拡大しなかった。ロシアの農地は2億ヘクタールあるが,共同家族経営の面積は1500万ヘクタールに過ぎない。

 共同家族経営による1単位当たりの面積は100~200ヘクタールである。1家族には土地の権利である「ヴァウチャー」(voucher)が認められるが,それは名目だけで,実際の農地のどの部分が自分の家族に属するのかは明記されていない。

 このヴァウチャーを持つ家族は「ペイチク」(païchik)と呼ばれている。このペイチクの権利を投資家に売ることを,ウラジミール・プーチン(Vladimir Putin)が,2005年の「優先される国家プロジェクト」(National Priority Projects)で認めた。こうして,ペイチクの権利はアグリビジネス会社に集められ,事実上の農業株式会社が国家権力と結びつくことになった。石油・天然ガスと並んで,ロシアの巨大「オリガルヒ」(oligarch)が農業分野にも成立したのである。しかも,プーチン政権は食料の輸入依存度を減らして,カロリー計算においても,食料の完全自給政策を,対西側陣営との対立軸に置いている(注2)。

[注]
  • (1)Lerman, Zvi & Karen Brooks [1996], “Russia’s Legal Framework for Land Reform and Farm Restructuring”, Problems of Post-Communism , Vol.43, No.6, November.
  • (2)Grouiez, Pascal [2012], “From Kolkhozy to Agribusiness in Russia”, Études rurales, Vol.190, No.2, July. translated from the French by JPD Systems.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2706.html)

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