世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2696
世界経済評論IMPACT No.2696

頑固一徹がもたらす副作用

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2022.10.03

 本稿では日銀の異次元金融政策が学術会議の頑な軍事忌避以上に安全保障問題へ影響する現実が存在することを紹介する。

 日銀総裁は頑固一徹で異次元緩和政策を変えようとしないばかりか後継者の政策自由度も縛るような発言をしている。民間企業で10年近く同じことを続けて当初の目標達成に至らなかったら馘首であるし,失敗者が後継者に「命令」するような発言はバカにされる。政策決定会合発表資料を見ても全員一致で「1mmたりとも変更無し」ということが羅列されている。さすがに「全員一致」がおかしいという指摘が金融経済関連識者から出始めている。逆にそういう発言を,無知である,マクロ経済論的には正しいという日銀支持者も多いが,理論と現実は時々大きく乖離をする事を忘れている。FRBも判断を誤ったことが指摘されている(例:9月30日付日経オピニョン[FT])。お上の決定に楯突くのが怖いと言うなら我国の金融界は前時代的専制主義体制に陥っている。科学は常識に疑問を持つことで進歩してきたので,科学者の目からはそのような態度は奇異なものと映る。

 ここからが本論である。「東京,神奈川,中国」。「69.3%,36.9%」。東京工業大学のホームページで公開されている2021年5月1日時点の入学者統計で示される事実である。前者は外国を含む都道府県の入学者数順序。後者は大学院修士課程入学者数のうち外国人留学者と修士課程入学者全体に占める中国人留学生の割合である。ちなみに外国人修士課程入学者数は,中国597人,インドネシア51人,タイ26人と続く。大学の国際化を目指す文科省の方針に沿っているといえば聞こえは良いが違和感を感じるのではないだろうか。

 友人の東工大教授にこの数字について尋ねたところ,次のような説明であった。第一に日本の国立大学の学費は国際的に見て非常に安価であること。米国の4年制大学学費は私立大学平均で年間$38,185,州立大学(州外学生)$22,698である。どちらも2021年9月のUS News調べで,2022年はインフレが加速しているので更に高額になっていると予想する。翻って,東工大は¥31,770プラス入学金¥28,200となっている。$1=¥140換算で$428,2年目以降は$227である。第二にCPI上昇率が3%以下で入学後数年間の生活費が安く済む日本の物価に加えて,最近の円安が学生の親に日本留学の誘惑を惹起している(最近はバイトに励む中国人留学生が少ないそうである)。米国ビッグマック価格は$5.15,日本は¥410($2.93)である。大雑把であるが,生活費が日本の2倍以上かかると考えて良い数字である。

 第三に,安全保障に関わる問題であるが,未だに中国が弱い生産技術の習得ができることに加えて偏差値の高い東工大という世界的なブランド価値。そしてこれらの条件を満たした上で,世界的にも珍しい日本の大学の非常に公平な一般入試(一般選抜)制度である。受験資格の詳細は東工大のWEBをご覧いただければと思うが,簡単に言うと,外国人の場合は4年制大学卒業証明書と日本語学校就学〜日本語試験結果があれば受験可能である。したがって,簡体字といえども漢字の素養がある中国人は留学生枠ではなく日本人と「平等に」競争して受験を勝ち抜くチャンスが有る。

 もともと米欧の大学院応募条件は完全平等ではない(例:米国の大学は各国の大学序列で点数を付与する)ことに加えて英米の安全保障政策の影響もある。トランプ前大統領が米国大学大学院への中国人留学生入学制限を開始したため,2019年頃からG7の技術に触れられる日本への中国人留学生が増加した。20世紀の米国大学の理工系大学院は時々半分の学生が留学生という,おおらかというか実力主義というか米国の国力の源泉であった。しかし中国人学生の知財剽窃が顕在化したために国防上制限を設けることになった。英国でもオックスブリッジ理工系入学者の1/3が中国人留学生になる事態が生じるに至り中国人留学生に制限を加える方向に方針転換した。

 中国人が海外留学を目指す理由は中国国内事情もある。昨年から大卒者の中国国内就職が厳しくなり青年層の失業率は18%を超えている。他方,我国では技術系の新卒者への需要が高いために,日本語が使えて東工大卒の勲章を持っていれば外国籍であっても採用する日本企業が多いので,中国国内よりは容易に職を得られるということも影響している。また,日本の難関大院卒なら欧米の大学院へ入学することも容易になる。なにせ人口の多い中国なので優秀な人もそれなりに多い。日本の留学で知り合った中国人カップルが両方とも研究職として日本の大学や研究所で働いていることも珍しくなくなってきた。

 我国大学の技術系では修士課程学生は研究活動の重要な核となっている。東工大で中国人留学生が約37%という割合は研究室に毎年3人前後は中国人留学生が配属される勘定になる。筆者が所属していた信州大学でも大学院学生および助手は1人を除きすべて中国人という研究室が存在した。ご存知のように,中国人はどこにいようとも中国へ情報を提供する義務を追う。すなわち,我国の重要な生産技術の多くを生み出し支えてきた東工大の資産は中国へ筒抜けになる可能性がかなり高いということである。東工大は廃れつつあるとはいえ日本のものづくりの重要拠点である京浜地区や23区東部町工場群と関係が深いので,東工大の研究室に「居る」だけでものづくりのコツや安全保障上の重要中小企業名を簡単に知ることができる。

 この留学生状況が続くと我国の安全保障をなんとかしようという努力が損なわれることに加えてG7の中で信頼を失うことにもなる。論文からも中国の生産技術は我国に比べればひ弱である。一例を上げるまでもなく,複合コピー機の技術開示要求などはその事を物語る。しかし,憲法で学問,思想,信教の自由を謳い受験資格の平等を基本としている日本の一般入試は,「ゆとり教育」で落ち込んだ学力では中国人に十分太刀打ちできない。加えて,この夏以降の急激な円安である。親からの出費を考えれば学費と生活費が世界的に見てかなり安く教育水準が高い我国の主要国立大学へ向かうというのは当然な流れである。

 金融経済だけの視野で,まして自らの信念で頑固一徹を貫くことを称賛するグループがあるが,そんなつまらない頑固さが我国の安全保障に影響することを少しは鑑みてはいかがだろうか。一般入試で中国人に負けてしまう高校生を創り出してしまった文科とその取り巻き知識人はこのような事体を想像できなかった。小中高のシステムを改革しないと,近い将来,日本の中枢は中国人によって支配されてしまう。上から目線でものを言いたい金融政策を策定する方々はこの大学の実態を認識すべきである。

 留学費用の観点から1$=¥100ならば中国から日本への留学者数はかなり減る,つまり日本を支える技術の中国への漏出が減る。産業は一人の天才によって成し遂げられものではなく,ネジ一本を作るような裾野の広い,多くの人によって支えられる技術の融合によって成り立っている。技術漏出も頭数を減らせばそれなりに減らせるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2696.html)

関連記事

鶴岡秀志

最新のコラム