世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インド経済の成長展望とクリーン・エネルギー:今後の日本の対応
(拓殖大学 名誉教授)
2022.09.12
インド経済の成長展望
去る8月15日,独立75周年を祝う独立記念日の恒例の演説において,モディ首相は25年後の2047年までにインドは先進国になるという大胆な目標を提示した。来年には中国をも凌ぐ巨大な人口と若い人口構成を有するインドは,人口ボーナスを追い風としつつ,今後,長期的に高レベル成長が期待される最たる国である。IMFが今年7月に発表した予測によれば,今年度のGDP成長率は中国の3.3%に対して,インドは7.4%であり,来年度はやや低目の6.4%とされる(注1)。多くの課題に直面しつつも,今後ともインドは主要国の中で最速の経済成長を維持していく可能性が大である。
第2次モディ政権が発足した2019年当初,インドは2024年度までに日本に匹敵する5兆ドル規模の経済に到達することを目指していたが,コロナ禍その他の要因が災いし,目標達成には至らなかった。ただし今後,年間7−7.5%のペースで経済成長が維持される場合には,インドは2028年頃までには5兆ドル規模,さらに47年頃までには20兆ドル規模の経済に到達できる見込みである。
クリーン・エネルギー重視の方向性
ここで指摘されるべきは,今後の持続的成長の達成を図る上で,インドはクリーン・エネルギー重視に向けて大きく舵を切ったことであり,このことは今後の日印経済関係の方向性に大きな影響を及ぼすということである。インドは人口1人当たり二酸化炭素排出量では世界平均の半分以下,総排出量では中国の4分の1,さらに米国の半分でありながら,インドは世界第3位の排出国となっている。差し迫っている地球温暖化の問題に取り組むべく,インド政府は2070年までにカーボンニュートラルを目指すことを表明しており,そのためにも2030年までに発電の半分(50万MW)を非化石燃料由来のものとし,さらに電気自動車(EV)の比率を全体の50%(商用車70%,乗用車30%)にまで引き上げることを目指している。
インドの自動車部門の動向で興味深いのは,自動2輪・自動3輪(オートリキシャ)を含む2021年度のEV販売台数は前年度比3倍の43万台(乗用車は1万8000台)であり,全体の2.6%でしかないものの,自動3輪のEV化はすでに45%に及んでおり,大気汚染への影響という点からもゲーム・チェンジャーの役割を果たしていることである(注2)。乗用車部門では,タタ・モーターズがすでにEVを製造・販売しているが,そうした中,トヨタの現地法人は脱炭素対応で480億ルピー(約810億円)投じ,電動部品の製造に取り組む意向を示している(注3)。さらにマルチ・スズキはトヨタと共同開発で25年までにEVを販売するとともに,730億ルピーを投じて26年までに電池工場を稼働させる予定であるとされる(注4)。
「国家水素ミッション」
インドでのクリーン・エネルギーへの取り組みとして注目されるのは,昨年8月に「国家水素ミッション」が打ち出されたことである。同国を再生可能エネルギーで水を電気分解して水素を生産する「グリーン水素」の生産と輸出のハブすることを狙ったものであり,グリーン水素重視の方向性が明示された。折しも今年3月,岸田首相の訪印の際,「日印クリーン・エネルギー・パートナーシップ」が発表され,太陽光やEV,さらにはグリーン水素など11分野を含む日印間のエネルギー協力の推進が提唱された。火力発電所での水素・アンモニアの利活用が強く望まれていることを受けて,IHIと興和がNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けて,今年8月,アダニパワーの火力発電所(グジャラート州)においてアンモニアを20%混ぜる混焼実験を来年度に開始することが発表され,早ければ2006年での実用化が目指されている。
日印豪間サプライチェーン強靭化イニシアティブ
日本はすでに1980年代より水素エネルギー,燃料電池の研究開発に取り組み,液体水素タンクや水素運搬船の建造も含めて,技術的に世界をリードしており,2017年12月には水素基本戦略が策定されている。豊富な日射量と褐炭に恵まれたオーストラリアはグリーン水素,発生した二酸化炭素を地中に埋め戻すブルー水素の双方の製造と輸出で大きな優位性を有しており,すでに日豪間では川崎重工業,電源開発,岩谷産業,丸紅,住友商事などの企業が参加した水素エネルギー・サプライチェーン(HESC)プロジェクトが昨年3月に稼働している。
インド太平洋地域の新たな地政学的要請に基づいて,クアッド(日米印豪4か国戦略対話)に続いて,昨年4月,日印豪3か国間で「サプライチェーン強靭化イニシアティブ(SRI)」が立ち上げれた。水素をめぐるサプライチェーンについては,昨年5月に結成された14カ国をメンバーとするインド太平洋経済枠組み(IPEF)-クアッドのメンバーも含む-の場においても,4つの柱(公正な貿易,サプライチェーン強靭化,インフラ・クリーン・エネルギー・脱酸素)の一つとして,そこでも検討されることになるとはいえ,今後,最も期待されるのは,日印豪3か国のSRIを通じた水素連合の強化である。今後,インドでは持続的成長の下で水素需要の大規模な拡大が見込まれており,それに対応したサプライチェーンの強靭化は日本にとっての大きな商機といえる。
[注]
- (1)IMF, World Economic Outlook Update: Gloomy and More Uncertainties, July 2022
- (2)Emily Schmall and Jack Ewing, “Going electric on two wheels,” The New York Times, International Edition, September 6, 2022
- (3)日本経済新聞,2022年5月9日付(夕刊)
- (4)日本経済新聞,2022年8月29日付
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