世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2641
世界経済評論IMPACT No.2641

経済相互依存の功罪とこれから

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.08.22

輸入依存と経済安全保障

 国際分業と交易は生産性を押し上げて経済拡大に貢献し,消費者もより豊かな消費が可能となる。したがってこれを拡大することは理にかなっていて,だからこそ,その進化した姿であるグローバリゼーションも進んできた。しかし,「光あるところに必ず影あり」ではないが,負の副作用が生じてくるために,注意を怠れば対応が不十分となり揺り戻しがくる。

 副作用には様々なものがあるが,慎重さを欠いた輸入依存に突き進めば,輸入相手国との関係が良好である間は何ら問題がないように見えるものの,非常時や,あるいは対立関係となった場合には,経済安全保障上のリスク(供給の不足・途絶,製品安全性等)が顕在化する。さらには,相手国の禁輸等による自国への影響力行使(いわゆるエコノミック・ステイトクラフト)を可能としてしまうことにもなる。

 直近の実例が,パイプラインによる天然ガス輸入などロシアにエネルギー面で依存し過ぎたドイツであり,それ以前においても,中国が大国となり韜光養晦路線との決別が明らかとなった2010年代後半からは,米国は安全保障に直結する先端技術関連を中心として中国とのデカップリングを進め出していた。また,コロナ禍における医療関連物資不足も,輸入依存リスク顕在化の一例であろう(注1)。

経済相互依存が平和を促すと無邪気には言えない

 世界の政治経済の潮流は振り子のように大きく振れる。1990年代,冷戦が終了,WTOが発足し,貿易のみならず資本移動の自由化も進んだ。グローバル化の加速とともに東側諸国やアジアなどの新興国もまた西側経済に深く統合されていった。その過程において,政治・思想もまた西側に統合されていくかのような錯覚が生じた。フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」(注2)を著して思想面での西側勝利を示し,トーマス・フリードマンは「レクサスとオリーブの木」(注3)において,マクドナルドが進出した国では,世界経済から切り離されることによる交戦コストを多数存在する中流階級が嫌うようになるため,戦争にはなりにくくなるという,いわゆる「黄金のM型アーチ理論」を展開した。これらの論考は手放しの楽観論ではなかったものの,ヘッドラインは時代の空気に合っていた。西側の多くが,自由と民主主義の下,安定した経済相互依存関係で結ばれた戦争無き世界が到来することを夢見て,楽観主義に傾斜していったのである。そうした思考の下では輸入依存のリスクは過少に捉えられ,輸入増を含め経済相互依存を高めることそれ自体もまた,輸入依存のリスクをさらに低下させることに繋がる。

 もっとも,国際政治学・国際経済学の専門研究者間では,経済相互依存が平和を促すのかどうか賛否両論があり,相互依存の内容にまで踏み込んだ形で論争が続けられてきた。考慮の対象となるのは,2国間での貿易のバランス,今後の2国間での貿易の見通し,輸出代替先の有無,輸入代替先の有無,2国間貿易とその他世界との貿易の関係,FTA(自由貿易協定)やRTA(地域貿易協定)への参加の有無,2国間の地理的距離等々,多岐に亘る。依存度合いが2国間で異なる場合には,依存度合いの低い国にとって貿易関係が相手国に対する影響力行使のパワーになりうるため(注4),一方的な輸入依存は平和を乱す要因となることも考えられる。様々な研究の中には相反する結果が導出されるものもあるが,一つ確かなことは,無邪気な楽観論は取りえないということであろう。

楽観主義からの転換の遅れ

 しかし実際の政策運営においては,今世紀に入り状況が逆転し始めても冷戦終結後の楽観主義への傾斜はなかなか元には戻らず,国際関係悪化の可能性を考慮しない輸入依存は続いた。ドイツは,ロシアが2008年にジョージアに,2014年にウクライナに侵攻しても,ノルドストリームの建設を粛々と進めた。死活的に重要かつ急な輸入代替が困難なエネルギーについて,ロシア一国依存を強めたメルケル前政権の判断は,リスクを軽視したものと言わざるを得まい。また,こうしたドイツのスタンスに懸念を示していた米国にしても,東/南シナ海問題の深刻化やハッキング問題などが相次いでもなお,オバマ政権は対中政策の転換を躊躇った。いずれも比較優位構造に基づく自然な交易の流れを,リスクを考慮し多大な利益を犠牲にして堰き止めようとするものであり,抵抗は大きかった。

 独露関係,米中関係については,依然として経済相互依存が悪化加速を防いでいるとみることも出来ようが,それでも今や90年代の楽観主義はほぼ雲散霧消したのではないか。対ロシア制裁に際して,概ね「西側主要国」と「それ以外」という形で対応が分かれたことは,世界の多くの国々では国際関係の考え方が西側と必ずしも一致していないことを露わにした。政治・思想面での西側への統合は,かつて西側諸国が期待したようには進んでいない。安定した経済相互依存関係が築ける相手国は,思ったより少ない。

経済相互依存のこれから

 もっとも日本は,ごく近隣においてつねに一定の緊張関係が続いており,楽観主義に浸ってもいられなかったのではないかと思われる。ロシアとは一向に進展しない北方領土問題を長年抱え,中国については,日本の首相の言動や尖閣諸島問題に対して,レアアース輸出規制や日本製品不買運動などが行われてきた。

 それにもかかわらず,日本経済にとっての市場・分業先・輸入元としての中国依存は高く,また資源面でのロシア依存も相応のものがある。緊張関係が継続する中でも,臨機応変に対応して危機を乗り越え,実利を確保してきたと言える。ただしそれは,冷戦終結以来,グローバリゼーションに追い風が吹き,米国と中露との関係が総じて良好な大枠の中でのことである。現状,急速に環境悪化が進んでおり,これからしばらくは続きそうなグローバリゼーションへの逆風下で,経済相互依存の形をどのように変化させていくべきなのか,再検討する必要が出てきている。

[注]
  • (1)鈴木裕明,2022,「コロナ禍が炙り出したグローバリゼーションの課題」,国際貿易投資研究所 コラムNo.92
  • (2)フランシス・フクヤマ,1992,『歴史の終わり」三笠書房
  • (3)トーマス・フリードマン,2000,『レクサスとオリーブの木』草思社
  • (4)ロバート・O・コヘイン,ジョセフ・S・ナイ,2012,『パワーと相互依存』ミネルヴァ書房
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2641.html)

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