世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2318
世界経済評論IMPACT No.2318

習近平思想は第二次文化大革命

中島精也

(福井県立大学 客員教授)

2021.10.18

 来年の中国共産党大会で総書記3期目を目指す習近平の露骨な権力集中の動きが顕著だ。習近平が唱える「中国の夢」とは「中華民族の偉大な復興」であるが,個人的な「習近平の夢」は「建国の父」毛沢東と同等の絶対的地位に上り詰めることである。習近平が特に力を入れているのが思想教育の徹底であり,「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を中華民族の偉大な復興に向けた行動指針と位置づけている。

 中国は生活にややゆとりのある「小康社会」を実現したが,新時代の矛盾として格差,政治腐敗,風紀の乱れに直面している。これら矛盾解消のために行き過ぎた市場経済,即ち鄧小平の「改革開放」路線を否定し,社会主義国家建設の初心に立ち返ることを習近平は重視している。学校の授業で習近平思想教育が開始されたが,子供の頃から徹底して革命思想,愛国心,習近平崇拝を教え込む方針だ。

 中華民族の復興を目標とすることで民族の誇りを鼓舞し,中国社会が外国の文化や思想で歪められないよう輸入文化の制限を強化する。既に上海市の小学校では英語の期末試験が禁止された。また小中学校の推薦図書から西洋思想を崇拝する書籍が排除され,アメリカ資本主義の象徴とも言えるIT長者ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの伝記本が対象となっている。

 その一方で,学校の図書館には習近平に関する書籍が並べられ,個人崇拝を加速させる動きが目につく。今年11月には六中全会(中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議)が開かれ,そこでは共産党の「核心」としての習近平の地位を断固として擁護する方針であり,習近平への権力集中と個人崇拝を進めて,来年の共産党大会につなげたいようだ。

 習近平思想の中で愛国心教育や個人崇拝と並んで注目されるのが「共同富裕」の主張である。昨年11月アリババ傘下のアントグループが香港と上海で予定して上場が突然,当局より停止命令を受けた。アリババ創業者のジャック・マー氏が中国の金融システムは時代遅れと当局批判を行なったことへの報復とみられるが,IT企業の隆盛で格差が広がったことを重視して,反社会主義的な大企業の活動を規制する方向に舵を切ったとみられる。

 この習近平思想教育はその性格から毛沢東の文化大革命を彷彿させるものがある。毛沢東時代の1958年全国の農村地域に行政組織と農工生産部門が合体した「人民公社」が設立され,農工業生産の増大を目標とした「大躍進政策」が展開された。しかし技術専門家の欠如が災いして,鉄鋼生産の6割が粗悪品,農業生産も3割減少してしまった。この責任を取って1959年毛沢東は国家主席の座を劉少奇に譲り,劉少奇ら実権派は社会主義国家建設のスピードを緩め,私有権を認めるなど右寄りの政策に転換した。

 この実権派に対して1966年に開始した毛沢東の権力奪回と左への回帰が文化大革命の意味するところである。この年,江青らをメンバーとする中央文化革命小組が組織され,また毛沢東が紅衛兵の活動に同意を示したことで,紅衛兵による破壊工作が無秩序に展開され,実権派,富裕層,伝統文化が徹底的に破壊,弾圧され,文化大革命は未曾有の社会混乱に進展してしまった。文革の犠牲者は2000万人を超えるとも言われたが,途中,1971年亡命を試みた林彪の航空機墜落死を挟みながら10年も続き,1976年の毛沢東の死去と四人組(江青,張春橋,姚文元,王洪文)の逮捕で終幕を迎えた。

 このように文化大革命は毛沢東が劉少奇ら実権派から権力を奪還するために仕組まれた政治キャンペーンであり,毛沢東思想教育を強化することで,毛沢東への個人崇拝を進め,資本主義に傾いた実権派の政策を改めて,社会主義国家建設の軌道に戻すことを目指した。これは習近平思想教育の強化により,習近平への個人崇拝を高め,市場重視の改革開放路線を否定して,社会主義国家建設の初心に戻すやり方と酷似している。規模とパッションは異なるが,習近平思想教育は文化大革命の性格を有しており,いわば第二次文化大革命とも呼んで差し支えないものと思われる。

 但し,王岐山国家副主席や劉鶴副首相らの習近平側近は習近平治世の元では第二次文化大革命を支える役割を果たしているが,文革の危うさも熟知しており,習近平の暴走には一定のブレーキ役を果たすことも期待される。よって,文革のような無秩序な社会混乱に進展する能性は小さく,習近平の第二次文革はある程度制御された形で進行するものと予想される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2318.html)

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