世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3040
世界経済評論IMPACT No.3040

新冷戦と日本復活のシナリオ

中島精也

(福井県立大学 客員教授)

2023.07.24

 1990年の日本のバブル崩壊は奇しくもポスト冷戦の始まりと合致している。この組み合わせが日本経済を「失われた10年(lost decades)」という未曾有のデフレに追い込んだのは明白だ。不動産価格と株価の暴落は企業のバランスシートを大いに傷つけた。保有資産価値の下落によって生じた評価損を埋めるために,企業はせっかく稼いだ毎期の利益を注ぎ込み,いつまで経っても健康体に戻れないでいた。当然,従業員への給与は現状維持がせいぜい,多くの企業は賃下げで労使が合意した。日本的雇用慣行で賃金よりも雇用確保を優先したからである。

 このただでさえ苦しい経営状況の中で為替レートは経常黒字の増加基調を反映して,限界を超えて円高に動いていった。バランスシートの悪化で喘いでいるのに大幅な円高の追い打ちでは企業は生き残れない。そこで,多くの企業は賃金の安い中国やASEANへの工場移転に踏み切った。苦渋の決断だった。時は冷戦の終結で共産国家と民主国家の間で分断されていた労働力,土地,資源,マネー,技術が開放されて,グローバル化が進展していくタイミングだった。その冷戦終結の恩恵,平和の配当を最大限に享受したのが新興国であり,とりわけ中国は突出していた。

 一方,日本企業は上記のようにバブル崩壊という国内要因に加えてグローバル化という革命的な世界経済の変革に直面し,生き残りを賭けて海外に活路を見出すしか術がなかった。しかし,企業の生き残り作戦としての海外進出は企業城下町として繁栄してきた日本の地方都市の存立基盤を壊してしまうことになる。工場が閉鎖された地方経済の衰退は目を覆うばかりであり,まさしく日本経済はバブル崩壊の後遺症であるバランシートの悪化,異常な円高,そして産業空洞化の三重苦に見舞われ,未曾有のデフレ経済が20年以上も続くことになったのである。

 ところが,ポスト冷戦30年の間に富国強兵策を進めてきた中国が世界覇権を求めて米国に挑戦状を突きつけたことから米中対決という新たな世界の構図,いわゆる新冷戦時代がスタートすることになった。ちょうどロシアのウクライナ侵攻もあって,バイデン米大統領が繰り返し述べているように専制国家と民主国家の対決の時代に突入する。新冷戦の経済的意味は再びブロック経済化が進むことである。もはやポスト冷戦時代のような労働力,土地,資源,マネー,技術を自由にグローバルに組み合わせることができる時代は去り,経済安全保障が重視されてグローバルサプライチェーンの再構築,フレンドショアリングが重要なテーマとなっている。

 実はここで「地球儀を俯瞰する」安倍外交が大きな成果を日本にもたらした。民主国家連合の中で,特にインド太平洋地域での民主国家連合のリーダーとして,米国と並んで日本が軍事外交も含めて責任を果たすと確約したのは安倍総理に他ならない。周辺国から信頼される民主国家としての地位を築いた日本はフレンドショアリングの重要な一角を占める国として認知されるようになった。その成果の1つが台湾大手半導体メーカーTSMCの熊本への工場進出である。このようにフレンドショアリングの進展と共に海外資本の対日直接投資が一段と増加していくことが十分に期待される時代になったのである。

 おまけにバブル崩壊以降,日本を苦しめたバランスシートは昨今の株高,地価の回復で様変わりに改善しているし,為替も円高が止まって円安に動いている。これに新冷戦のグローバルサプライチェーンの再構築で海外資本が日本に逆流していく。新冷戦はポスト冷戦時代とは様変わりに,日本大復活の条件が整ったと言えるだろう。今こそ日本は万年悲観主義,敗北主義から脱して新たな成長の芽を伸ばすべく,前向きに投資を行うアニマルスピリッツを発揮するタイミングに来ていると思われる。

[参考文献]
  • 中島精也『新冷戦の勝者になるのは日本』講談社+α新書,2023年6月
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3040.html)

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