世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
水産業のデジタルトランスフォーメーション
(日本大学 教授)
2021.09.20
水産養殖事業が世界的に注目されている。その背景には,世界的な水産資源の需要に,天然の水産資源だけでは対応が困難だからである。事実,新興国では,人口増加と経済成長によって年々魚の消費量が増え続けている。この世界的な需要を取り込むべく,ノルウェーなどは早くから国策として養殖事業の強化に取り組み,いまや衰退産業からグローバルな成長産業へと転換させている。
それに対して日本の水産業は,漁場に恵まれているとはいえ,かつてのような水産大国の面影はない。今はむしろ衰退産業として位置づけられる。日本の養殖事業も,世界と比べてみれば,多種な魚種を養殖してはいるが,一部の大手企業などを除き,決して儲かる事業とはいえない。その理由としては,さまざまな問題があるが,一つには養殖現場での管理がある。例えば台風や赤潮,さらには漁病が発生すれば,生け簀そのものが大きなダメージを受けることになる。また,餌代が6割を占めるといわれる養殖事業にとっては,養殖魚を育成するための餌となる小魚の相場にも大きな影響を受けることになる。
そして,なんといっても養殖事業の生産性を上げるうえでの難しい課題は,畜産業のように個体数を正確に数えることができないことである。そのため,養殖事業の現場の管理も,担当する人のカンに頼ることも多い。事実,生け簀の魚に餌を短時間で与えるのが良いのか,それとも長時間に渡って与えるのが良いのかが,今でも現場では議論されている。このようなカンに頼る非効率的なマネジメントにイノベーションの風を吹き込むことで,現在,水産業の効率化が進みつつある。換言するならば,水産業のデジタルトランスフォーメーションである。
今までにも養殖事業では,自動給餌器などのシステムが導入されてはいたが,生け簀の中の個体数や成長度合いを正確に測定できないため,効率性にも限界があった。そこで,日本水産などは,養殖しているブリの大きさと重さをAIで測定するシステムを日本電気と共同開発し,グループ企業で稼働させている。水中ステレオカメラで撮影した魚群映像から,AI技術で測定対象魚と測定点を自動的に抽出し,これらの値から,魚体重換算モデル式を用いて魚体重を算出している。このシステムの導入によって,魚の成長状態を常に管理することが可能になり,適切な給餌量や漁獲高を推定することができる。
養殖事業のデジタルトランスフォーメーションは,生け簀の管理だけではない。養殖イコール海という常識から脱却して,陸上での養殖事業もスタートしている。陸上養殖は,温度管理などで電気代が膨らみ,海での養殖よりコストが高いとされてきた。しかし,FRDジャパンなどは,人口海水をバクテリアを使った濾過システムで循環させることで,海での養殖と同等な環境を作り出し,陸上養殖を行っている。実際に日本の大手企業も陸上養殖に取り組み始めている。漁業法改正で企業参入が以前より容易になったとはいえ,依然として漁業権の獲得など,海での養殖事業には難しい課題もある。それに対して陸上養殖は,生産場所を問わないだけに,消費地までの物流コストを抑えることが可能である。AI技術を取り込みながら,養殖事業は今後も海から陸へとシフトしていく可能性が高い。
今までの議論からもわかるように,養殖事業もAI化がより一層進めば,人海戦術や経験値に頼った旧態依然たる経営から脱却することができる。しかし,このようなAI技術を取り入れて経営を革新できるのは,一部の資金が潤沢な大手の企業を除けば,ごく僅かである。中小企業が多い養殖業界にとって,大手企業が取り組んでいるAI化を進めるには,あまりにも初期投資が大きすぎる。水産大国,ノルウェーではAIの初期投資などは国の補助金で行われているため,企業規模にかかわらず初期投資はほぼゼロである。
漁業法が,昨年,70年ぶりに改正され,水産資源の管理基準などについては明確化されたが,決してデジタル化への対応や取り組みについては十分とは言えない。デシタル化への国としての投資援助はもちろんのこと,デジタル化を推進するための産学連携の取り組みなどをより拡大していく仕組みの構築が,日本の水産業を成長産業へと転換するためには必要となるであろう。
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