世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2286
世界経済評論IMPACT No.2286

コロナ禍のEUは中国とどう向き合うのか:体制的ライバル」と位置づけ,通商戦略を転換

田中友義

(駿河台大学 名誉教授)

2021.09.20

 近年,欧州は,中国の習近平国家主席が主導する広域経済圏構想「一帯一路」攻勢(マクロン仏大統領は「欧州の分断に付け込んでいる」と警告)や中国の経済・政治的な影響力の拡大に翻弄されてきた。さらに,昨年来,中国の「戦狼外交」と称される強硬な対決姿勢は,新型コロナウイルス感染拡大を機に一段と強まった。習近平統治下の中国は,国家・共産党を挙げての武漢封鎖を含む徹底した新型コロナウイルス感染封じ込めに成功したことを内外に喧伝し,欧州の新型コロナウイルス防疫対策を「稚拙」と非難した。このような中国の強硬姿勢やEU企業買収(先端技術流出の懸念)などの経済攻勢あるいは新疆ウイグル人権問題など巡る軋轢によって,欧州世論の対中国感情が急激に悪化している。

 そうした中,欧州委員会は2019年3月,中国を貿易や先端技術の主導権を巡る「体制的ライバル」(システミック・ライバル)と再定義し,「戦略的パートナー」と位置付けてきた対中国通商戦略の見直しをはかった。

 欧州委員会は,「(これまで)EUと中国は,包括的な戦略的パートナーシップに全力を注ぐと約束してきたが,欧州では,中国が提示している課題と機会との間の均衡が変化しているとの認識が広まりつつある。中国は,①EUが緊密に調整した目的を持つ協力相手,②利益のバランスを見出す必要のある交渉相手,③技術的主導権を追求している経済的競合相手,④異なるガバナンスのモデルを促進している体制的な競争相手(システミック・ライバル)というすべての立場を併せ持つ存在である」という認識を示した。

 欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長や欧州理事会のミシェル常任議長(EU大統領)は,「われわれはもっと公平で,よりバランスの取れた関係を望んでいる。それは互恵関係と公平な競争関係(level playing field)を意味する」として,非対称的な現在の関係に強い不満を抱いている。そこには,特に経済分野において中国に有利な状況が続いてきたとの認識があり,こうした現状を是正しEUの経済的利益を擁護することにある。体制的ライバルという厳しい用語の意味合いが読み取れる。

 最近,中国(の企業)を標的にした(と想定される)規制強化や排除の事例が見られるのは,この経済的利益擁護のためである。以下に3つの事例を挙げておく。

 第1は,EUは2019年10月,EUレベルでの対内直接投資(FDI)の審査制度を全面的に導入した。人工知能(AI)など戦略的に重要な産業分野へのEU域外からの投資・買収案件(特に中国企業案件)に監視の目を光らせ,先端技術などの流出を防止することを目指す。

 第2は,欧州委員会は2021年5月,域内市場に歪曲的効果を及ぼすような外国政府から多額の補助金を受ける企業(特に,中国国有企業)に対して,EU域内での投資・買収案件を規制する規則案を公表した。現下の新型コロナウイルス感染拡大で欧州企業が経営難に陥る中,電気自動車(EV)やAIなど戦略的産業分野に中国国有企業などが積極的に投資・買収攻勢をかけることへの警戒感が急速に高まったことが背景にある。

 第3は,中国の人権侵害問題によって,中国関係での「政経分離」が維持できなくなったことが鮮明になった。欧州議会は2021年5月,EUと中国が2020年12月末に大筋合意した包括的投資協定について,批准に向けた審議を停止する決議を賛成多数で可決した。少数民族ウイグル族の不当な扱いが人権侵害に当たるとして,中国当局者らに1989年の天安門事件以来,約30年ぶりとなる渡航禁止や資産凍結といった制裁を科した。中国側は即座に反発,欧州議員らに報復制裁を発動した。欧州議会の審議凍結はこの報復措置を踏まえたものである。

 地政学的に遠隔地である中国との経済関係に傾斜した比較的良好な「蜜月時代」が終わろうとしているように見える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2286.html)

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