世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2185
世界経済評論IMPACT No.2185

モジュール型金融媒体のWIN-WIN構造とリスク:アルケゴス事件&SPAC問題を巡って

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2021.06.07

アルケゴス事件とファミリーオフィス

 2021年3月末,日・米・欧の大手金融機関に巨額の損失が見込まれ,その背景にアルケゴス・キャピタル・マネジメント(以下アルケゴス)という「ファミリー・オフィス」(以下FO)との取引があった,とするニュースが突然報じられた。FOとは超富裕な個人&ファミリーの資産運用を中心に,高度で専門的なサービスを提供するプライベートなファンドの一種で,全世界には約7000存在し,総資産は600兆円にものぼるとされる。その組織実態は不明な部分が多いし,むしろ「モジュール型」金融媒体に近い特色がある。モジュール型金融媒体とは,特定の目的に特化し,資産保有・運用,資金調達,証券化,上場等の金融行動を機動的に行うためのユニット(SPC,SPAC等が代表的)であるが,金融機関に通常求められる「市場へのディスクロージャー」「ガバナンス」「外部からのチェック」が殆ど見られない,或は可視化されない組織である。一方で金融革新を担い,リスクマネーを吸引し,活性化する機能が認められる,ともいえよう。

21世紀版,LTCMショック

 FOはグローバルに巨額な金融取引を行っているが,私家版ファンドで規制に引っかからない。しかも金融機関にとって大きなビジネスチャンスがある優良顧客で,市場からみれば低い透明性にも拘わらず,大手金融機関に対しても強い取引立場を持つ。そのため,FOには①プライム・ブローカレッジが供与され②数倍のレバレッジ取引が可能となり③TRS(トータル・リターン・スワップ)等デリバティブが駆使される,ことで金融機関&FO双方に大きな利益が可能となる。

 従って,FOの運用が大きく失敗するまでは水面上に出てこない点で,今回のアルケゴス事件は,1998年に発生した「LTCMショック」(大手ヘッジファンドが破綻寸前に陥った)と同列の事例といってよい。今回は幸いにして深刻な「負のサイクル」は生じなかった,とみられるが,いずれにしても,規制網にかかりにくいモジュール型金融媒体の投融資の深刻な失敗→→取引ある金融機関に大きなダメージ→→市場の動揺,という流れは,決して新しいケースではない。

SPAC問題

 一方80年代から既に存在していたスキームではあるが,2020年半ば以降急増し,直近(2021年4月)では,米国SEC(米国証券取引委員会)が監視を強化し始めた,SPAC(Special Purpose Acquisition Company,特別買収目的会社)の問題が注目される。SPACとは「(未上場企業の)買収のみを目的に上場される,事業実体がない(「Blank Check Company」とも呼ばれる)モジュール型金融媒体(日本ではまだ認められていない)で,IPOを簡便化する効果が注目された。

 このスキームでは,当初,関係するすべての当事者(SPACを設立運用するスポンサー,上場を目指す未公開企業/スタートアップ,投資家,そして全てに関わる投資銀行)に,WIN-WINの構造を提供できることにある(こうしたWIN-WINの構造とは,実は2000年代のサブプライムローン証券化における「創成期」「初期」の当事者間にもみることができ,その後バブル的に増加するに至った)。しかしSPACのWIN-WIN構造は,上場以降,企業の価値が市場に評価されるようになると必ずしも成り立たない,そして結局投資家に「つけ」が回る(新規上場企業の業績が期待外れになるか,或いは過大評価/誇大宣伝などがあって,株価が低落する),という潜在的リスクを抱えている。そしてSPACが買収した未公開企業が上場することにより,スポンサーと未公開企業が本来内包しているリスク(将来の不確実性)が,「新しい一般投資家」に移転される。かつ,前者と後者の間には,「利益相反関係」のみならず,大きな「情報の非対称性」が存在する。

21世紀型金融バブルと,危機管理

 今回の「アルケゴス」問題やSPACの乱立によって,現在深刻な危機が実現しているわけではないが,コロナ禍で先進各国での超金融緩和政策が継続するなか,リスク・オンの投資スタンスが長期化したことで,リスク資産の価格が,急騰・乱高下する等,市場にバブルの存在は明らかであろう(投資の対象は,伝統的な金融商品でもハイリスクな案件,ビットコイン等仮想通貨,各種商品相場,さらにデジタル絵画といった広範囲な分野に波及し,相場を大きく動かしている)。

 こうしたバブル(リーマンショック時でも見られたが)の存在は,新型コロナパンデミックにより金融超緩和の環境が長引く中,金融規律の弛緩が進むことで,さらなる金融ショックや不正の温床になりかねない。

 すでに最安価危機回避者(金融市場で,チェック・モニタリング機能を果たす「格付け機関」や「会計事務所」或いは金融機関)が,その危機予防機能を実質的には失いつつあり,(かつて市場原理主義者が強く主張し依拠した)市場の自律性(見えざる手によるチェック&バランス)機能は繰り返される金融危機によって裏切られ続けている。結局,政府&金融当局という「司令塔」に,危機管理を委ねているのが実情であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2185.html)

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