世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2177
世界経済評論IMPACT No.2177

貨幣破産の歴史:人類はどうして学ばないのだろうか

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2021.05.31

 吹けば飛ぶよな1円玉のアルミコインも,元は1円金貨という立派な高額貨幣だった。フランスのリーブルも金貨の単位だったが,最後には銅貨の単位になってしまった。世界の貨幣史は,最初は金貨や銀貨の単位だったものが,低級な金属が混ぜ込まれる貨幣品位の低下(貨幣減価)によって,ついには銅貨の単位になったことを示している。ヨーロッパ貨幣にロシア,トルコを加えた10種類の貨幣における銀の平均含有率は,1400年に8.5グラムであったが次第に減少し,1850年には1グラム水準にまで低下した。この減価した分は,時の政府や権力者にかすめ取られ,かれらの財政資金の穴埋めに使われてきた。貨幣が減価すれば財貨の購入や支払いにはより多くの貨幣が必要になり,物価は上昇していきインフレを引き起こす。これは,貨幣に対する信頼が低下した貨幣破産なのである。

 IMF(国際通貨基金)のエコノミストであったラインハート&ロゴフは,1300年から2008年までの800年間にわたり,66ヵ国の国について調査した研究成果によって,政府や権力者が,戦争や債務返済の財政資金を調達するため,貨幣管理権限を悪用して貨幣に手をつける悪習がいっこうに変わっていないこと,金属貨幣から紙に印刷した現代の不換銀行券に移行することによって,ますます貨幣破産はより深刻に,より破壊的になったと警告している。財政破産が貨幣破産を引き起こした。これを彼らは「インフレ・デフォルト」とよぶ。彼らによる貨幣破産の定義は,「貴金属含有率の5%以上の減少」と「インフレ率(物価上昇率)が年率20%以上」である(ラインハート&ロゴフ『今回はちがう:金融愚行の800年』2009年(邦訳『国家は破綻する―金融危機の800年』日経BP社,2011年)。

 インフレによる財政資金の捻出は,悪質で深刻な大衆収奪となる。18世紀までの貨幣破産の歴史をみると,アジアとヨーロッパのすべての国が20%以上もの高インフレを経験し,大半の国が40%以上のインフレに何年も苦しめられてきた。最高インフレ年率(%)の高い国は,アメリカ192.5%(1779年),ベルギー185.1%(1708年),イタリア173.1%(1527年),韓国143.9%(1787年),ドイツ140.6%(1622年),フランス121.3%(1622年),中国116.7%(1651年),オーストリア99.1%(1623年),日本98.9%(1602年)である。

 19世紀から現代までの貨幣破産の実態は,実に悲惨なものである。ヨーロッパ,アジア,北米の34ヵ国について,物価上昇率が500%をこえるハイパーインフレを経験した国を,その回数の多い順にあげると次のようになる。カッコは最高インフレ率を記録した年である。ロシア8回(1923年),ギリシャ4回(1944年),中国3回(1947年),オーストリア2回(1922年),ドイツ2回(1923年),ポーランド2回(1923年),ハンガリー2回(1946年),日本1回(1945年),インドネシア1回(1966年)。ロシアのハイパーインフレ8回には驚かされる。ハンガリー,ギリシャ,ドイツのハイパーインフレ年率は,10を何乗も重ねた天文学的数字であり,実に恐ろしいものである。これがわずか一年ほどで発生したのであるから,餓死や生活苦による自殺などおびただしい犠牲者が出たことであろう。

 中南米,アフリカの24ヵ国について,500%をこえるハイパーインフレを経験した国を,その回数の多い順にあげると,次のようになる。カッコの数字は最高インフレ率を記録した年である。ブラジル6回(1990年),ニカラグア6回(1987年),アルゼンチン4回(1989年),アンゴラ4回(1996年),ペルー3回(1990年),ボリビア2回(1985年),ジンバブエ(進行中)。ブラジル,ニカラグア,アルゼンチン,アンゴラ,ペルーなどの回数には驚かされる。これらが1990年代の近年になっても起きたのである。

 アダム・スミスは,『法学講義ノート』で,政府の果たす役割は,貨幣に対する公的信頼‘public faith’を与えることだと述べた。そして『国富論』で,インフレ・デフォルトは「隠れた国家破産」であるとして「背信的な詐欺という不正」との厳しい言葉で非難した。安倍政権が「アベノミクス」と称して財政と金融を癒着合体させ,国内総生産水準にせまる532兆円もの国債を日銀に抱えさせたと知れば,スミスは烈火のごとく怒るだろう。

(詳しくは,紀国正典「国家破産・金融破産および国際破産の歴史」高知大学経済学会『高知論叢』第117号,2019年10月。この論文は,金融の公共性研究所サイトの「国家破産とインフレーション」ページからダウンロードできる)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2177.html)

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