世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2113
世界経済評論IMPACT No.2113

専門バカ

鶴岡秀志

(信州大学先鋭材料研究所 特任教授)

2021.04.12

 コロナ感染拡大後,TV東京キー局が,終日,コロナ感染の実況中継になって久しい。かつて結核が感染症の最重要課題であった昭和の前半,伝染病予防は日常生活の一部であった。父が結核で清瀬療養所への隔離をされた幼い日の記憶や,国語の授業で紹介された正岡子規の「病牀六尺」からも,明日は我が身という思いを持っていた。未だに「結核予防週間」が有るにも関わらず,某国営放送は番組を挙げて世論誘導を行い,挙句の果てに法改正を迫りワクチン接種を「任意」にしてしまった。マスコミというプロパガンダを使ったリベラル主義「専門バカ」が行った愚行である。その結果として,ワクチンの研究開発は,専門家も育たず,研究予算も少なく,ビジネス的にも凋落した状況で新型コロナに直面した。

 筆者から見て,この1年間の感染症に関する「専門家の解説」は,科学への信頼を揺るがしかねないものが多々ある。コロナ関連の科学者は大雑把に2つの類型パターンに分類できる。その1つはウイルスの生化学的反応研究分野の人。ミクロの反応機序には精通しているがmassの取り扱いや臨床医療は専門外である。2つ目は疫学の研究者。臨床の前線からの情報を分析し,massの動的な研究に長けている。しかし,両者は視点が全く異なるので同一の事実から違う見解が生まれる。「サイトカインの暴走」などは前者の研究分野なのでマスコミの理解は非常に低くトンデモ解説が氾濫した。一般大衆の関心事である感染広がり予測は「時系列分析」という手法を使うが,仮定が多い場合にはパラメータの設定について専門的な議論を必要とする。計算結果はパラメータ設定によって予想のフレ幅の大小が決まる。つまり「多い場合」という説明は正しくない。そのため,本来査読後に発表するものを先行してマスコミで取り上げると,世間をあらぬ方向へ導いてしまう。それが現実と大きく乖離してしまうと科学が信用されなくなる。どう見ても最新の遺伝子工学に疎い人を連れてきて,慎重に扱えと貶していたTVは科学を云々する資格を失っている。連日脅迫めいたことを宣う人々よりも,米国CDCやWHOの情報を咀嚼する一般国民の方がよっぽど優秀で立派である。研究領域による議論の違いを無視して,マスコミは恐怖を煽ってお祭り騒ぎをしていただけである。

 戦前から「専門バカ」という言葉がしばしば使われた。天才だが原爆を使うことをためらわない科学者,戦後の混乱期に法律遵守でヤミ米を忌避して餓死した裁判官など逸話は多い。しかし,世間から見れば変人奇人による徹底した研究によって得られた科学技術が,戦後の復興や重化学工業発展に大いに寄与したことを忘れてはならない。しかし,技術の高度化と共に進んだ専門領域の「サイロ化」を改善するために,21世紀になって「学際」的な研究教育が推奨され異分野融合も一時期はやったが,昭和の科学者の間では「外国語」と揶揄する専門外に入り込むことは嫌われ,より一層のテーマ細分化と深化が進んでしまった。

 「グリーンリカバリー」というドイツお得意の中身の怪しいワンフレーズ戦略を金科玉条として,「我国では産業に資する有力な科学技術が出てこない」と百家争鳴の議論がなされている。明治以来,我国の理工系大学の教育は広い視野を養うことを主眼としたが,近年の短期成果主義により1点深化型の研究にカネを注ぎ込むことになった。逆に,冶金,土木・建築,鉱山等のインフラを支える実学学問のように,時間がかかり広い知識や社会的見識を要求される分野は学生にも不人気になり,学科統合,模様替え,あるいは廃止になってしまった。ある研究者は純度99.999%の鉄の塊を作ることに成功した。このような極度に専門特化した科学技術は,論文と学術賞獲得には有効であっても実用的には「凄いねっ!」,工業の側からは「使えないねぇ」で終わってしまった。この日本のガラパゴス的研究とグローバルに進むビジネスの谷間を埋めるIntegrator的技術系人材養成学科,かつての「工業経営」を再興しないとお先真っ暗である。現状ではAngel Fundの育成は我国になじまない。どうしたら良いのだろうか。筆者が過ごした古き良き時代の米国大学工学部にヒントが有ると思う。なお,現在の米国大学も様変わりしていて模索状態である。

 米国大学の化学工学科Ph.D.コースへ留学した際,授業や指導教官に厳しく指導された事は,「化学工学の3つの専門分野を修めること。それ以外の分野,例えば生物学,経済学,社会学などが必要な場合に,3ヶ月以内に各分野のトップ・プロの持つ知識の90%を獲得する方法を習得せよ」である。当時(1980年代前半),米国の大学の標準的なシラバスでは,Ph.D.は修士終了後,理学系で最低1年,工学系で3年であったが,「化学工学科では4年未満で学位取得した人はいません」と書いてあった。3つの専門分野の学習量が非常に多いので,必修科目履修開始からPh.D.最終審査まで必然的に最短4年になった。

 この寝る時間を削る鍛え方は,既報や前例を記憶して踏襲することに頼る「専門バカ」を作らないことを目的とした。化学工学は,ビーカー実験結果から石油・石炭の精製や有機物合成の大型プラントを組み立て,順調に動かすために始まった学問である。実際に経験したが,分析値にでてこない「水」の違いでプラントが止まることがある。ハンドブックは必要最低限情報で「解」は自分で探す必要がある。

 図らずもコロナ禍は我国が抱える科学技術の弱点,「専門バカ」集団が多数を占めていて,異分野の組み合わせをIntegrate(統括)する人材がいない現状を一般大衆にさらけ出してしまった。この状態を一朝一夕で覆すことは能わず,時間がかかるが大学院教育の手直しから始める必要が有る。手段であるプログラミングの教育を進めても,問題解決に落とし込むことができない人材ばかりでは同じことの繰り返しでしかない。

 科学技術に限らず,マスコミ,金融,社会学等,狭い専門領域の専門特化型の人が増えている。政治はこのような専門家を束ねていく統合型の職能である。週刊誌情報で学級会並みの揚げ足取りしかできない政治家はワイドショーのゴシップ担当に鞍替えしてはどうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2113.html)

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