世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1942
世界経済評論IMPACT No.1942

「デジタル庁」で考えるべきこと

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.11.16

菅内閣の誕生

 安倍首相が退任し,菅内閣が9月16日にスタートした。仕事師といわれる菅氏は,首相の座に着くや直ちに具体的な多くのプロジェクトを閣僚に指示した。「デジタル庁の創設」,「地銀,中小企業の整理」,「携帯電話料金の再引き下げ」,「不妊治療への保険適用」,「北朝鮮拉致問題の追求」,「最低賃金大幅引き上げ」,「福島の復興」,「ハンコの廃止」などと機関銃のように飛び出している。素晴らしいことである。前内閣のような「言うだけ内閣」ではなく,確実に結果を出していこうという強い姿勢が見える。

 「デジタル庁」を創設し,平井卓也デジタル改革相を任命した。新型コロナウイルス禍で,役所がまだFAXを使って仕事をしていることが分かり,「10万円給付」,「持続化給付金」の実施にえらい時間がかかった。その原因は行政手続きの遅さや連携不足のためだとして,その仕事をデジタル化しようということである。20%の普及しかないマイナンバーを2022年までに100%にし,2025年には自治体システムに統一するという。運転免許や健康保険証のデジタル化して一元化し,マイナンバーをスマホに入れることなども具体的に指示している。

 しかし目の前にあるこまごまとした問題を解決することも大切であるが,「デジタル庁創設」ということでは,50年,100年の先の世界を見てどのような望ましいデジタル化社会にするかを先ずデザインしなければならない。単なる改革ではない。これは小手先で弄るプロジェクトではない。現在の内閣官房室には40ぐらいの分室があり,その分室がそれぞれいろいろの政策を出しているようだが,あまりこまごまとした政策を積み上げていくと全体の整合性が取れなくなり,経済社会は混乱する恐れがある。

 「デジタル庁」の仕事は,何でもデジタル化して,「効率を上げる」という話ではない。「デジタル化」には放射能のような猛毒が潜んでいる。大きな「日本経済の戦略的発展計画」を策定し,毒を跳ねのけるような構造にして,それを細部に展開し,実行する計画を創り上げる必要がある。つまり「デジタル庁」は日本経済を再発展させるための大きな「イノベーション」を興すという気持ちで進めなければならない。

日本の過去の失敗

 40年ぐらい前,コンピュータ化が流行った時,日本は,それまでの仕事のやり方を前提にして,人の手では無くコンピュータで処理するアプローチをした。ソロバンと卓上計算機でやっていた賃金計算,売上集計,原価計算,損益計算などを大型コンピュータで処理した。企業の中に「コンピュータ室」,「電算室」などの計算を請け負う専門の部署ができた。しかし手で処理するこれまでの仕事をそのまま大型コンピュータ化しても,経営的には何のメリットもなく,事実日本の生産性は伸びなかった。むしろいろいろの混乱が起り,日本企業はどんどん変化していく世の中に対応できないような体質になった。政府機関もそうであった。先ず仕事の流れや処理をコンピュータ化時代にふさわしいものに改善し,合理化してからコンピュータ化しなければ意味がない。つまり企業全体,社会全体が,コンピュータ化をベースにして,仕事の新しい仕組みを創り,経営の合理化すべきであった。

 1970年ころIBMが「メインフレーム・コンピュータ」を開発したとき,ワトソンIBM会長は,「世界にメインフレーム・コンピュータは5台ぐらいあればよい。皆さん,コンピューティングの仕事はIBMがやってあげます」と言った。アップルのスティーブ・ジョブズは,「パーソナル・コンピュータ」を開発して,誰もが使う「パーソナル・コンピューティング」の時代にしてしまった。これでIBMの屋台骨が崩れ,IBMはコンピュータ・サービスビジネスに逃げた。

 この「パーソナル・コンピュータ」は,更に多くのパーソナル・コンピュータが繋がっていき,そのためのソフトウエアが欧米企業で開発された。そして更にアメリカの軍の技術により全世界が繋がる「インターネット時代」になった。これにより「情報検索システム」,「クラウド・コンピューティング」,「高速通信システム」が生まれた。

 これらのそれぞれの分野のメインプレーヤーは欧米企業であり,日本企業はその中に入れなかった。それは日本政府と日本企業が技術の流れの先を見通して,大きなピクチャーが描けなかったからである。特に「プラットフォーマー」という一番儲かる「胴元」ビジネスは外国勢にやられている。つまりこうした分野で主要プレーヤーになるには,末端システムや部品の技術力ではなく,「世界全体のシステムとビジネスのアーキテクチュアを設計する能力」とその「ビジネス戦略力」がなければならない。中国は,中国市場の中で,こうした発展の波を創り,デジタル化の優れたシステム商品を開発して,経済を発展させている。

 もう一つの日本の失敗は,科学技術の開発環境と科学技術開発力の問題である。日本政府の科学技術予算は,多くの場合,大学やNEDOなどに対して「競争的資金制度」のもとで,「すぐ実用化されるプロジェクト」に対して金を出すというものであった。そのために小粒で,どうでもよいようなテーマしか出なくなり,結果的にカネの無駄遣いになってしまっている。日本政府は昔から「逐次投入」の癖がある。太平洋戦争の時もそうであり,常に兵端への補給が不足し,前線が次々と消えてしまった。科学技術の開発では,「資金の逐次投入」では成果は出ず,失敗する。そのために日本では大きなイノベーションはでなくなった。

 菅政権の考えもこれに似ているような気がする。現在問題として目の前にあり,確実にやれそうなものをプロジェクトとして選び,それを実行させる。そうしたプロジェクトに対して少しでも批判をするものをどんどん排除している。政府は官邸主導でこまごまとした政策を取り上げるが,日本経済社会の全体の発展にはあまり役立たたないものになっている。安倍内閣のとき,菅官房長官が推し進めたという経済政策の「観光インバンド政策」,「ふるさと納税」,「IR誘致」,「GoToキャンペーン」,「移民政策」,「アイヌ新法」,「国立大学独立行政法人制度」などでも,これで日本の経済力が増進したことは無かった。むしろ逆に日本の経済力,国力を大きく弱めてしまった。デフレも脱却できなかった。特にこうしたこまごまとした政策を政府のトップが指令すると,優秀な日本官僚は仕事をする気が無くなる。最近霞が関の優秀な若い官僚が辞職し,また優秀な学生は霞が関に行きたがらなくなったと言われている。企業においても,トップがこまごまとしたことを指示すると,人材は育たなくなり,会社はおかしくなる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1942.html)

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