世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1807
世界経済評論IMPACT No.1807

トルコのイラク軍事介入は新段階へ

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.07.13

 トルコのイラクに対する主権侵害に端を発する紛争が新たな段階に達した。

 先月トルコは,イラクから「自国の安全保障上の脅威を取り除く」ため陸空共同作戦計画を発表。トルコは先月イラク領内で重要目標含むクルディスタン労働者党(PKK)戦闘員,幹部を殺害し,それにPKKもイラク領内,トルコ領内を問わず報復し,またトルコもそれに対し報復と戦闘が激化している。

 トルコ軍は先月下旬,イラク駐留部隊の増強を発表した。イラク政府はこれまで抗議と勧告を繰り返し,実力行使は避けてきた。今回は事態を憂慮しイラク軍の展開を開始した。イラク軍はトルコが盛んに空爆を行う国境地帯ザーホーに相次いで拠点を設けた。イラク軍はこれを機にクルディスタン地域政府(KRG)から国境管理権を奪還しようとしているとも受け取れる。改めてトルコへ即時の作戦停止を訴えた。

 KRGを主導するクルディスタン民主党(KDP)はKDPに敵対的なイラク政府とPKKに対抗するためトルコに寄り添う立場だ。ペシュメルガ3000人をトルコ軍基地付近に展開しトルコの作戦を支える構えである。一方,KDPと並ぶ両雄の一つクルディスタン愛国者連盟(PUK)はトルコにイラクの主権侵害行為を即時停止するよう要求した。PUKは近年,内紛や分裂による求心力低下によりKDPに主導権を奪われていることから,KRGの一員というよりイラクの一員としての立場を鮮明にしトルコ寄りのKDPに対抗している。

 トルコはイラクのクルディスタン内部の対立関係に付け入る形でイラク領内での勢力拡大を目指してきた。そのやり口は列強の植民地主義を彷彿とさせる。アラブ連盟もトルコのイラク侵攻に非難する声明を発した。アラブ諸国に対するトルコの領土的野心を警戒してのことである。トルコを批判する立場であっても,トルコ軍がイラクに侵攻するのは自国の安全保障上重大な脅威となるPKKを排除するためであるというトルコの言い分を無批判に受け入れやすい。トルコ政府は数年前までPKKと和平交渉を繰り返していたが,経済の低迷とそれによる政権への不満をそらすためPKKとの戦争を再開した。もはやトルコ国家への敵意を喪失していたPKKをトルコ政府自らが「脅威」に仕立て上げたのである。

 イラクへの侵攻も勢力圏拡大により失政の埋め合わせを目指すことによる。新生トルコはオスマン帝国崩壊期に大油田モスルをイギリスに占領されたことを不当とし領有権を主張してきた。これに対し欧米はクルド人の自治構想を反故にしてクルド問題には干渉しないことを認め,脱亜入欧を目指すトルコも妥協した。エルドアンは求心力を回復するため大オスマン主義を掲げ古い問題を蒸し返している。PKKとなんら関係のないリビアに軍事介入を拡大していることを鑑みれば,中東地域におけるその領土的野心は明らかである。

 トルコのシリア内戦介入も今でこそ対クルド戦の様相を呈しているが,シリアにAKPの母体のムスリム同胞団系のイスラム主義者政権を立てることで属国化することを狙っていたのであった。シリアにおいて反体制派は実質的に敗北しトルコ軍が前面にでるようになり,アサド政権側正規軍との戦闘も発生した。

 イラクは内政問題,未だ燻るイスラム国問題に振り回され,トルコの侵略行為への対抗は後手に回っていた。東地中海でのギリシャ,キプロス,エジプト,リビアのハフタル将軍率いるリビア国民軍,そしてイスラエルの対トルコ包囲網から更にシリアまで続く対トルコ防衛線において死角となっていたイラクも,ようやくその一端を担い始めた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1807.html)

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