世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
EU,外資による投資・買収の審査強化:最先端技術流出を防止,中国企業に警戒
(駿河台大学 名誉教授)
2020.06.29
欧州委員会や欧州議会,加盟国などEU内部で中国の「一帯一路」攻勢に加えて,現下の新型コロナウイルス拡大で欧州企業が経営難に陥る中,人工知能(AI)など戦略的に重要な産業に中国企業が積極的に投資・買収攻勢をかけることへの警戒感が急速に高まっている。そこで,以下ではEUが域外資本(明らかに中国)による投資・買収案件に対する審査を強化する動きを最近の2つの事例で明らかにする。
その一つが,EUがEUレベルでの対内直接投資(FDI)の審査制度(スクリーニング:Framework for screening foreign direct investment)の導入を決めたことである。当該制度によって,戦略的に重要な産業分野へのEU域外からの投資・買収案件に監視の目を光らせ,重要技術などの流出を防止することを目指す。審査制度に関する規則は2019年4月に発効し,適用開始は2020年9月頃となる。
これまではEU加盟国ごとに審査制度を設けていたが,EUレベルで特別な規制を課してこなかった。しかしながら,中国などの外資による投資・買収案件が増え,独仏を中心に欧州委員会へのEUレベルの対応強化を求める声が広がっていた。
EUは域外からの投資・買収案件について,国家安全保障や公的秩序への視点から精査することになる。戦略的に重要な産業・技術としては,エネルギー,運輸,通信,データ,航空・宇宙,金融,先端技術(半導体,人工知能(AI),ロボティクス),水資源,医療・健康,防衛,メディア,バイオテクノロジー,食品安全などが含まれる。第三国政府と関係する国有企業による不透明な投資・買収案件が審査対象となる。
欧州委員会はEU加盟国との連携を強化し,関連の投資・買収案件に関する情報共有などの協力体制の構築を目指す。欧州委員会は必要に応じて,関係国に「意見」を発出するが,最終的な許認可権はEU加盟国に残される。
もう一つは,外国政府から多額の補助金を受ける企業に対して,EU域内での投資・買収案件を規制する動きであり,欧州委員会は2021年中の法制化を目指す。中国政府が自国企業に巨額の補助金を支給し,投資・買収攻勢をかけるのを食い止める狙いがある。最近,欧州委員会が公表した白書によると,1事業者当たり3年間で20万ユーロ以上の補助金を受ける外国企業を対象としている。外国補助金とは,「EU域外国の政府や公的機関による資金面での貢献があり,法令上もしくは実質的に特定の企業または産業を対象」とするものである。監視機関である欧州委員会が「市場を不正に歪曲している」と認定した場合,課徴金や合併禁止などの是正措置をとるよう明記している。公共事業については,当該企業を入札から排除する方針である。
EUでは2016年,ドイツ産業ロボット大手「クーカ」が中国家電大手のミディア・グループ(美的集団)に公開株式買付け(TOB)で買収されたが,同社がドイツの進める製造業の核心プロジェクト「インダストリー4.0」を主導していたこともあって,この買収を機に最先端技術の流出への警戒感が高まった。
事実,ドイツでは安全保障上の懸念などから議会,産業界,世論などから中国企業などによるドイツへの投資・買収案件の規制強化を求める声が強まった。ドイツ政府は2017年,対外経済規制を改正し,外資がドイツ企業の25%以上の議決権を取得する場合,審査対象とした。さらに,2018年,従来は25%以上を10%以上の議決権案件へ審査対象を拡大した。
EUは昨年3月,中国戦略を見直し,中国を貿易や先端技術の主導権を巡る「競争相手」と再定義した。「EUが中国に甘い認識でいられる時代は終わった」(マクロン大統領)という厳しい現実が外資規制の2つの事例の背景にある。関連記事
田中友義
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