世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1651
世界経済評論IMPACT No.1651

大国に挟まれたモンゴルのしたたか外交

田崎正巳

(STRパートナーズ 代表取締役)

2020.03.09

 先月27日にモンゴルのバトトルガ大統領が北京の人民大会堂にて中国の習主席と会談したが,その模様はWeChatや人民日報などの国家メディアによって瞬く間に中国国内中に拡散された。そしてそのニュースに関するネット上の中国民の反応は極めて友好的であった。これらの一連の動きは,大国に挟まれた人口小国であるモンゴル側によって極めて巧妙に演出されたのである。

 モンゴルにとって今回の新型ウィルス問題は極めて重大な危機である。13世紀に世界の大帝国となったこの国の末裔たちは,現在モンゴル高原に人口310万人の国として存続している。

 モンゴル帝国の崩壊以降,多くの中央アジアの遊牧民国家,遊牧民族が実質的に消滅した中で,モンゴル民族は紆余曲折を経て清国の領民となり,更に南モンゴルが中国領土とされても,21世紀の現在まで「モンゴル国」という民族国家を維持してきたモンゴル人にとって,モンゴル人国家の永続的存続発展こそが最大の存在目的となっている。

 今回の新型ウィルスで,日本は3月5日になって漸く中韓両国からの入国制限を行ったが,モンゴルは感染者数ゼロにもかかわらず2月1日から中国人の入国を禁止した。しかも中国との国境も封鎖した。輸出の85%を中国向けに頼り,生活必需品のほとんどを中国からの輸入に頼る内陸国家としては,経済的にも市民生活としても死活問題であるが,それを承知の上でも守るべきはモンゴル人国家の存続なのである。人口小国が隣に世界最大の人口大国を持つ恐怖心は,島国で安全に暮らす日本人には理解できまい。中国から人口のわずか0.2%が訪れるだけで国の人口が倍になり,漢人に囲まれてしまう恐怖が有史以来常に付きまとっているのである。

 更に,2000年以上も前から遊牧民族と農耕民族の争いは続き,今もモンゴル人の中には「嫌中」がDNAとして深く心に刻まれている。昨今の中国資本の進出に反旗を翻すべく「反中国」で大統領選を勝ち抜いたのが,現大統領のバトトルガ氏である。

 そこへやってきたのが,他でもない中国からの新型ウィルスである。上述の通り,これは下手をすると民族の存続の危機につながりかねない重大な脅威である。他方,中国は既にモンゴルにはなくてはならない存在となっており,好き嫌いにかかわらず今後は中国と友好的に付き合っていくしかないこともわかっている。

 小国が大国に与えられる友好を最大限表せるにインパクトは何か? それは誰もが驚くやり方しかないことをこの国の為政者たちは知っているのである。それは相手が一番困っている時に,自分の身を犠牲にしてまでも相手の懐に飛び込んでいくことである。

 バトトルガ大統領は2月27日というモンゴルの旧正月の余韻が残っている時に自ら中国へ飛び込んでいった。案の定,習主席に大歓迎された。新型ウィルス問題が出てから初の外国元首の訪中であったのである。そして以下の贈り物をした。

  • 1.モンゴル大統領が中国に30,000頭の羊を寄付する。
  • 2.モンゴル政府は早期に中国に対し20万ドルを寄付する。
  • 3.ウランバートル市政府が5万ドルを寄付する。
  • 4.500万元(7800万円相当)の善意ある寄付は多くのモンゴル人の1日の給与を自ら集めたお金によるもの。

 金額換算して見れば,大国中国にとっては大きなインパクトはない。が,この果敢な行動が国営メディアを動員させて,中国人民の心を掴んだのである。WeChat上には,モンゴルへの賛辞が並び,一気にモンゴルを友好国家と認める流れを作ったのである。習主席も深い謝意を表した。

 私は今回の突然の訪中によって,モンゴルには少なくとも3つのメリットがあったと思う。

 1つ目は,2021年まである大統領任期中は,よほどのことがない限り中国に悪意を持った干渉をされることはないということである。輸出の85%は中国向けで,しかもそのほとんどが国家と関係の深い資源なので,少しでも中国側の機嫌を損ねるとモンゴル経済は打撃が大きくなる構造である。今回の訪中は,その懸念を相当緩和してくれたと思われる。

 2つ目は,朝貢外交的な見返りが期待できるということである。中国は昔から朝貢外交を行ってきた国であり,中国に従属し,自ら中国にへつらって品物を送る国に対しては,非常に優しく対応し,貢物の何倍ものお返しをする国である。

 現在で言えば,カンボジアやラオス,韓国など,中国を世界の中心と敬う国に対しては,巨額の資金援助など手厚く対応する。モンゴルは元来従属するような国ではないが,今回の「一番大変な時に真っ先に寄付してくれた国」であるモンゴルに対しては,必ずや「何倍ものお返し」が期待できるであろうと思われる。それが鉄道なのか道路なのか,あるいは借金棒引きなのかはわからないが。

 そして3つ目は,モンゴル国内対策である。今年のモンゴルの旧正月(ツァガンサル)は新型コロナウィルスの影響で,大幅に自粛されたのである。特にこの時期,羊の需要がピークに達するのであるが,その大量の肉は必要なくなってしまった。そのため,この時期に出荷のピークを予定していた遊牧民たちは当てが外れてしまい,困窮が予想される。

 そうした中,一気に30,000頭もの羊の買い上げを政府がやれば,相場も堅調になり,遊牧民を助けるための一種の公共事業とも言える施策となりうる。

 まさに今回のバトトルガ大統領の訪中は一石二鳥どころか,三鳥,四鳥にもなる話だということである。四鳥と言うのは「中国人の対モンゴル感情の好転」「苦しい時に来てくれた習主席の感謝」「いずれ『お返し』があるであろう朝貢外交」,そして「モンゴル国内の遊牧民支援対策」である。

 まさに小国外交の手本となるべきモンゴル政府の果敢な行動であったと言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1651.html)

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