世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1510

クルド問題の一局面

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2019.10.14

 第二のドバイ——イラクのクルディスタン地域はそう呼ばれていたことがあった。イラクが終わりのない戦乱とテロで疲弊する中,クルディスタン地域は私兵ペシュメルガを中心に平和と安定を守り,オイルマネーによって繁栄していた。実態は原油収入に依存した典型的な地代国家で,発展度合いではドバイに後れを取る一方,リスクは盛り沢山である。まず二大勢力クルディスタン民主党とクルディスタン愛国者同盟により政治的に分断され,その動向は自国中央政府と隣国に警戒されている。2017年9月の独立を問う住民投票とその後のイラク,イラン,トルコの報復措置による経済の低迷で脆弱性が露呈した。今年に入りイラク中央政府との融和が進んできたことで,経済再建の機運も高まってきた。先月,クルディスタン地域政府(KRG)大統領とイラク中央政府計画相の会談が行われた。両者とも政府のイニシアティブを強調したとされる。しかし,イニシアティブを取る力は果たしてあるか。KRGはアラブ諸国に輪をかけた腐敗体質で有名だ。産業政策という観点はないに等しく,その言葉の意味を理解し始めたレベルだろう。

 クルディスタン地域経済の依存体質は原油関連だけでない。筆者が2年前に同地を訪れた際には,市場は輸入品ばかり,とりわけトルコ製品の多さが目立った。パッケージを見るとトルコ語,トルコ国旗があるのは当たり前。日本人が決して知らないトルコのアパレルブランドもショッピングモールで世界的ブランドと並んで販売されていた。トルコと一口に言っても国境を接しているのは同じクルド人地域で,クルド人は少子化のトルコで人口が増え続けている存在だ。KRGに求められるのはトルコ政府を上手くあしらないながら,同国のクルド人と協力し共栄を図っていくという方向性だ。現実は足元を見られた都合のいい存在にされているに過ぎない。トルコはイラク中央政府と対峙する後ろ盾となってくれることと,生活物資の供給を担うことで,無力なKRGを虜としている。KRGは中央を通さずに原油を現金化するため,トルコのパイプラインを通じて輸出しており,これがまたトルコに原油を不当に安く入手する機会を与えている。原油に通過税を課すことと国際価格より安く買い上げることで,トルコは二重にイラクの原油を買い叩いていると,イラク中央政府は問題視している。ある地域が強力な国の資源供給元と商品のはけ口になるということは,植民地経済そのものと言えないだろうか。やや進展もある。KRGは先月,地域内の好調な蜂蜜生産を背景に蜂蜜の輸入禁止措置を取ると発表した。なすがままから適切な規制へは自立した発展に欠かせない基本的取り組みである。

 KRGはどうにも理念に乏しいように見える。優れた現実主義者というわけではなく古色蒼然とした部族主義に拘り続けている。ありきたりな途上国開発ではなく,クルディスタンという地政学的条件,歴史的特殊性を活かすのであればやはり他のトルコ,シリア,イランの同胞たちとの経済連携を模索することが必要になる。KRGはどうにも部族が中心で一般クルド人,クルディスタン地域全体の利益は二の次だ。最近もイラク国民議会でKRGを仕切るバルザ二一族が所有する油田からの原油収入が,イラク本土のみならずクルディスタン地域にすら還元されていない実態が明らかにされた。このままではクルディスタン地域はいわゆる4つの分断されたクルディスタン(トルコ,イラク,シリア,イラン)のうち最も遅れた地域との謗りは免れないことになる。

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