世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1426
世界経済評論IMPACT No.1426

世界の観光都心の隙間を活性化させる—京都水族館

髙井 透

(日本大学 教授)

2019.07.29

 地域の活性化はここ数年,日本経済の近々の課題として取り上げられている。しかし,地域活性化は,なにも地方だけの問題ではない。世界的な観光都市でも,すべての地域が活況を呈しているわけではないからである。観光で賑わう中心の繁華街や観光名所のある地域は栄えていても,その都市の他の地域では,賑わう地域とは別世界の寂れた風景が存在するのも事実である。世界遺産がひしめく,日本の代表的な観光都市,京都でも駅の周辺近くに,そのような地域が存在していた。その活性化の起爆剤になったのが,京都ではまったくのミスマッチの施設,水族館である。その名前が京都水族館ということから,動物園と同じように京都市が運営していると考えてしまうが,京都水族館のマネジメントは,金融サービスなどをコア事業としているオリックスグループである。

 海に囲まれている日本は,全国に100を越える水族館があり,世界一の水族館大国である。多くの水族館は海水が利用できる立地的な優位性を生かすべく,海に隣接して作られるのが常識である。内陸に位置し,寺院,仏閣の宝庫で世界的観光都市,京都での水族館建設は常識を逸脱している。逸脱しているのは立地だけではない。水族館といえば,顧客を引きつける稀少性のある生き物,シャチやジンベイザメなどの大型の魚がいるというのが水族館経営の常識である。しかし,京都水族館には目玉となるような魚がいるわけでもなく,魚の名前を示すようなプレートすらない。京都の川や海に生息する魚などを中心に展示している。例えば,鴨川に生息するオオサンショウウオなどを飼育している。京都の自然と生き物を知ってもらうためである。実は京都水族館のコンセプトは,教育とエンターテイメントの両方を兼ね備えたエデュテインメント型施設であるからである。また,このコンセプトの下に,徹底的に近隣地域に溶け込む水族館を目指している。

 水族館であれば,年に数回,親子が一緒に行くという観光施設である。だが,京都水族館では,地域の住民が憩いの場として立ち寄れる場所であることを目指している。換言するならば,水族館ではなく公園のコンセプトと同じである。公園は,一人で行っても,友達と行っても良い,ありとあらゆる人の目的を許容するスペースだからである。事実,京都水族館では展示スペースにも憩いの場としての配慮がなされている。例えば,大型の水槽の前には,椅子などが並べられており,年配の方もいれば,若いカップルもおり,思い思いに時間を過ごしている。

 もちろん,既存の水族館のようにイルカパフォーマンスなどを行っているが,会場に行って気がつくのは,そこの場から,近隣住民の憩いの場である梅小路公園と見事に調和するような形で作られていることである。教育とエンターテイメント,そして,地域に溶け込むという戦略は,飼育員にも徹底されている。前述したように,京都水族館では魚の名前を書いた板がない。なぜないかと言えば,飼育員が積極的に顧客とコミュニケーションを取りながら説明を行うからである。しかも,コミュニケーションをとる場合,顧客に声をかけるタイミング,話し方などのスキルについては,定期的に演劇経験のあるプロから指導を受けている。さらに,京都水族館では,飼育している生き物に対してのコミュニケーションが重要なスキルとして認識されている。ふつうの水族館であれば,給餌というのはパフォーマンスの一部として取り入れられているところもある。京都水族館の場合,もちろん給餌もパフォーマンスの一部ではあるが,その給餌という行為を通じて各種の生き物とコミュニケーションをきめ細かくとり,関係性を構築することが重視されている。

 生き物である以上,人間と同じく,その日の体調によってパフォーマンスも異なってくる。飼育員は,生き物の微妙な体調変化に合わせてコミュニケーションをとるスキルを身につけている。しかも,展示されている生き物を個体ベースで識別しているところに京都水族館の独自性が隠されている。実際,京都水族館ではペンギン個々の翼に色のビーズがつけられており,顧客もその色により個体を識別することができる。顧客の中には特定のペンギンを気に入り,そのペンギンに会うために訪れるという。目玉となるような稀少性の高い生き物はいなくても,生き物とより身近に感じる展示方法とコミュニケーションにより,他の水族館とは別の世界を創りだしているのが京都水族館である。

 既存の業界に長くいると,その業界の常識やルールに自然と従うことになる。オリックスグループの水族館経営は,改めて異業種から参入する企業の発想の転換力を示していると同時に,地域活性化における民間の知恵を生かすことの重要性を示した事例でもある。

[謝辞]
  • 京都水族館のマネジメントについては,山本かおる氏(元オリックス水族館(株)広報京都水族館企画広報チーム長。現オリックス(株)グループ広報部不動産広報チーム長)及び山田卓郎氏(オリックス(株)三河支店長)に貴重に情報を提供して頂いた。ここに記して感謝の意を表したい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1426.html)

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