世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ドナルド・トランプのリアル
((一財)国際貿易投資研究所 客員研究員)
2019.06.17
トランプ大統領はツイッターなどを駆使し,メディアで報じられる自分の姿はフェイクだと非難する。その一方で,メディアや数あるファクト・チェックのウェブサイトは,こうしたトランプの発言について,日々,その正確性を検証して,トランプこそフェイクであると「ウソを暴いている」。しかし,こうした論争では,どうしても議論が個々の発言の事実関係などへ流れていきがちとなる。勿論,細部にこそ神は宿るということはあるが,木を見て森を見ずという面もある。トランプ政権を把握するうえで気を付けるべきポイントは,むしろ後者,「木を見て森を見ず」ではないか。つまり,トランプは大統領選挙戦時の公約から,良くも悪くもほとんど全くブレていない。その意味ではトランプは,支持者に「ウソを言っていない」ことになる。
三年前,大統領選挙戦の時を思い出しながら,トランプの主要な公約とその実現状況を列挙してみると,減税,規制緩和,NAFTA再交渉,米韓FTA再交渉,TPP離脱,イラン核合意離脱,パリ協定離脱(決定・表明)は,すべて実現した。NAFTA再交渉では米国の乗用車輸入に数量規制を盛り込むなど「禁じ手」にまで踏み込み,イラン核合意では米国以外が全て離脱に反対する中で離脱を強行した。選挙戦の最中には,政治にシロウトのトランプは無茶を言っているが,所詮は支持層向けのリップサービスだろうと(筆者を含めて)ほとんどの米国ウォッチャーは考えており,まさか,本当に実現しようとするなどとは思っていなかった。実際,オバマ前大統領は2008年の選挙戦においてNAFTAの見直しを明言していたが,就任後にはうやむやになった。大統領選挙において,公約とはそうした位置づけのものだったのである。
しかしトランプは違っていた。トランプ政権は就任後2年以上が経過した今になっても,依然として公約実現に向けて邁進している。しかも,ここまで来ると今度は,徐々に次の大統領選挙が近づいている。トランプとしては,選挙までに公約を残らず実現したいと考えるであろう。では,主要公約で,「やり残し」は何か。
まずは,メキシコとの国境管理である。トランプ政権は十分な予算確保が出来ておらず,国境の壁建設は進捗していない。そのため今年になってからは,国家非常事態宣言まで出して予算獲りを進めてきた。しかし,そんな折も折,5月に米墨国境で拘束された移民の数が14万4,000人となり,過去13年で最多を記録した。さらにはつい先日も,1,000人以上の不法移民が国境のフェンスを抜けて侵入してくる動画が公開されたばかりである。さぞ,トランプの神経を逆なでしたことであろう。トランプは,メキシコに国境管理強化を実行させるために関税を引き上げるという,もはや「禁じ手」というよりは,「トンデモ」級という表現がぴったりくるような方策まで繰り出した。上述のように,そこには,それだけの背景があったのである。結果,トランプの強硬策は功を奏し,メキシコは移民対策や国境管理を強化することを約束した。
そしてもう一つのやり残しが対中通商交渉であろう。周知の通り,いまだ交渉は纏まらない。交渉の行方次第では,中国からの全輸入品に25%の追加関税となることも視野に入って来た。しかし,そもそも選挙戦中には,トランプは中国からの輸入品に45%の関税を課すると言っていた。もちろんそれは目的ではなく,対中赤字削減のための手段に過ぎないが,公約に入っていたという事実は軽視すべきではないだろう。トランプ政権の辞書に「まさか」はないが,公約で言及されていたとなれば,なおさらである。さらに対中関係について話を複雑かつ深刻にしているのは,トランプの思惑を超えて,米国の政界全体が安全保障面からも対中「封じ込め」モードに入ってきていることである。
長らく,米国は衰退ばかりが言われてきた。確かに,第二次世界大戦直後,あるいは,冷戦終結・ソ連崩壊直後の米国のプレンゼンスと比較すれば,相対的な地位の低下は否めない。しかし,リベラルな国際秩序の尊重という「理想」をかなぐりすてた米国は,やはり圧倒的な力を持つことを世界は密かに噛みしめているのではないか。わずか2年あまりのトランプ政権下で米国の国力が急に強化されたわけではないが,これまで自制していた力を前面に出してきたという文脈において,トランプの諸公約を包括するキャッチフレーズ,「Make America Great Again」は実現されつつある。
そしてトランプ政権は,突然に空からアメリカに舞い降りたものではない。「理想」と「現実」の乖離が拡大していった結果として,米国民が選択したという点に重みがある。自由貿易はそのままでは万人を等しく豊かにすることはなく,WTOルールは状況変化に追いつけず,軍事的な国際秩序破りがいても有効な制御方法もない。望ましい対応策はあっても,各国・ステークホルダーのエゴがぶつかり合い,まったく前進はしない。
トランプの当選当初は,これを突然変異とする論調が強かったが,最近は,過去からの継続性の中で捉える指摘が目に付くようになってきた。我々は日常を生きていかなくてはいけない以上,「理想」と「現実」が限界を超えて乖離したならば,「理想」が「現実」に歩み寄らざるをえない。それこそが,ドナルド・トランプのリアルであろう。ここからは,そのリアルの,経済(財政・金融)面・国際関係面での持続性が問われることになる。
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鈴木裕明
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