世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1368
世界経済評論IMPACT No.1368

関税一辺倒のトランプ交渉戦術

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2019.05.27

タリフ・マンの驚くべき無知

 トランプ大統領がツイートで自分を「タリフ・マン」だと呼んだのは,昨年12月4日および5日であった。そのツイートには,概略こう書かれている。「私はタリフ・マン(Tariff Man)だ。偉大なわが国に侵入してくる国には,その代価を払わせよう。わが国が関税をかければ,数十億ドルが手に入る。再びアメリカを金持にしよう(MAKE AMERICA RICH AGAIN)」。

 つまり,輸入品に関税をかければ,関税収入で国庫がうるおい米国は豊かになるという訳である。2,000億ドル相当の中国からの輸入品に対する追加関税を10%から25%に引き上げ,さらに新たに3,000億ドル相当の対中輸入品に25%の関税をかけるという5月10日の決定でも,トランプ大統領はツイートで次のように書いている。「米国の国庫収入は年1,000億ドルも増える。関税引き上げは米国にはプラスだが,中国にはマイナスだ」,「貿易戦争は簡単に勝てる。追加関税を負担するのは貿易相手国であって,米国の消費者が関税を払う理由は全くない」〔5月13日付ニューヨーク・タイムズ電子版(以下NYTと略)〕。

 トランプ大統領は「タリフ・マン」だというのに,関税の何たるかを全く知らないのである。知りもしないで,こうしたデマを振り撒いて,自説を正当化するのがトランプ流の行動である。しかし,その背後には,貿易顧問のピーター・ナバロ(元カリフォルニア大学アーバイン校教授で経済学博士号を持つ)がいる。最近,共和党上院議員の一団がトランプ大統領に,関税引き上げは消費者の負担増となり,景気を悪化させると訴えたとき,ナバロ顧問はパワーポイントを使って,関税引き上げが第1四半期の3.2%成長に如何に貢献したか説明したという。

 同時にナバロ顧問は,米国の対中関税賦課が中国の輸出補助金,米企業に対する技術移転の強制,米知的財産権の盗用といった市場を歪曲する行為を正し,米国の国内生産を促進すると主張した。税収と税率の関係を図示したラッファー・カーブで有名となった,保守派経済学者のラッファーは,関税賦課の害悪をトランプ大統領に進言しているが,大統領は聞く耳を持たず,関税を交渉戦術に使っているようだと述べている(5月15日付NYT)。

 トランプ大統領と決別したゲーリー・コーンの後任であるラリー・クドロー国家経済会議議長は,5月12日のFox News Sundayで,対中追加関税の賦課は米中双方の負担となると明言した。しかし同時に,その影響は小さいから,追加関税の引き上げによって,中国が米国企業を公正に扱うようになれば,関税賦課の代価は十分に償われると述べた(5月12日付NYT)。つまり,クドローもナバロの言説に従い,大統領の主張に異を唱えていないのである。

初代のタリフ・マンはマッキンリー大統領

 トランプ大統領が関税に思い入れを深めたのは,1980年代の不動産ビジネスの経験に由来しているという。当時,急激に台頭してきた日本は米国の不動産を買いまくり,米国経済を脅かしていた。そうした状況を目の当たりにして,勝利すること,タフに振る舞うこと,大統領になることに執念を燃やし,トランプは「税金と関税で米国を守らなければならない」という信念を強めたという(5月15日付NYT,“Trump’s Love for Tariffs Began in Japan’s ’80s Boom”)。

 しかし,どうやらトランプ大統領の関税信仰は,第25代ウィリアム・マッキンリー大統領〔在位1897年3月4日〜1901年9月14日(暗殺)〕の治績から出ているようである(2018年12月6日付NYT,”America’s Tariff Men: Connecting McKinley to Trump”)。

 1888年オハイオ州選出のマッキンリー下院議員は1888年の選挙後,下院歳入委員長に選出され,1890年に史上最高率の保護関税法であるマッキンリー法を成立させた。その後,民主党クリーブランド政権の誕生で関税は引き下げられたが,オハイオ州知事となったマッキンリーが1896年の大統領選挙で勝利すると,翌年マッキンリー関税法に匹敵する高税率のディングレー関税法(平均関税率57%)を制定した。なお,当時の共和党は今日の共和党とは違って,北部・中西部の製造業を支持基盤にして保護貿易派,南部の農業を基盤とする民主党は自由貿易派であった。

 ディングレー法による関税引き上げは鉄鋼,タバコなど独占資本家および西部農業者の利益を擁護するためであった。その後20世紀に入って,米国の関税率は徐々に引き下げられていったが,1930年のスムート・ホーリー法で再び保護関税制度が強化され,1934年互恵通商協定法制定を契機に関税率の引き下げが本格化していく(詳細は小山久美子『米国関税の政策と制度』参照)。

 マッキンリーは1892年の演説でこう述べている。「自由貿易は外国の生産者に,米国の生産者と同等の恩恵を与えている。低労賃の製品に米国市場への参入を許し,良質で高価な労働が生産した国産品が駆逐され,米国労働者の賃金が引き下げられている」。21世紀のトランプ大統領の主張が,今から130年前,19世紀末のマッキンリーの主張と何と似通っていることか。そしてトランプ大統領が,いかにその間の学問の進展と米国内外の経済環境の変化を無視していることか。それを知らされて,改めて唖然とする。

トランプ大統領独演の危うさ

 もう一つ例を挙げてみよう。最近,ポール・クルーグマンは次のような逸話を紹介している。トランプ大統領はパリのノートルダム大聖堂が炎上している最中にフランスの消防にツイートし,「早くflying water tankers(注*)を送れ」と伝えた。すると,「そんなことをしたら大聖堂全体が崩壊してしまう」と言われて,断られたそうだ(5月7日付NYT)。

 クルーグマンがこの逸話を持ち出したのは,トランプ大統領の間違った政策が,解決に繋がらないだけでなく,事態をさらに悪化させかねないこと,この場合は大統領の意見が阻止されて事なきを得たが,今のホワイトハウスではそうした状況ではなくなっている危うさを指摘したものである。

 トランプ大統領が就任してから2年半の間に貿易政策で実行したのは,輸入急増で被害をうけた太陽光パネルおよび家庭用大型洗濯機については,米国労働者の職業訓練など調整支援策は採用せずに,輸入関税の引き上げのみ,国家安全保障に絡む鉄鋼とアルミの輸入制限では,この分野では初めての追加関税の賦課,中国による米国の知財権侵害問題でも追加関税の賦課のみ,であった。つまり,トランプ大統領が採用した措置は,すべて関税だけである。上院で貿易問題を主管する財政委員会のグラスリー委員長(共和党)は,「私は関税のファンではない。米国の国家安全保障に関わる問題に対して,関税賦課で対処するのは甚だ疑問だ」と5月17日の声明で述べている。

 もともと憲法第1条8節1項が規定しているとおり,関税の賦課,徴収権限は立法府にある。議会はトランプ大統領の追加関税政策にもっと異論を出すべきだが,沈黙している。しかし,グラスリー委員長が国家安全保障にかかわる1962年通商拡大法232条の大統領権限を縮小する方向で法改正を進めているのは,議会本来の機能を取り戻すためにも重要である(本欄3月11日付No.1304「濫用される米国通商拡大法232条」参照)。

 立法府の共和党が大統領に沈黙を続け,毎週火曜日の朝,ホワイトハウスで開かれる定例貿易会議がトランプ大統領の独演会であり続ける限り,事態の是正は期待できそうもない。

[注]
  • *水を大量に積み込んで空中から消火する航空機の意味。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1368.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム