世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1284
世界経済評論IMPACT No.1284

トランプは税制改革で民主党を分断するか?

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2019.02.18

 The Hillが2月9日に配信した“Trump divides Democrats with warning of creeping socialism”によれば,トランプ氏が5日の一般教書演説で“米国に社会主義の脅威が迫っている”と述べたことは,見事に民主党を分断したようである。

 この言葉はオカシオコルテス下院議員の“年収1000万ドル以上の高額所得者に対する税率を70%にする”という提言への反論である。しかし,この提案には医療保険改革派議員の一人ハリス上院議員でさえが,強い疑問を呈したという。

 Politicoが2月5日に配信した“Actually, it was Democrats who killed the 70 percent tax”によれば,レーガンと協力して最高税率を70%から50%に下げたのは民主党だった。それは例えば2015年の14%と比較し,五分位数中央値にいる米国人は,1980年に19%の連邦税率を支払った。財務省が1980年に得た税収5170億ドル内,約30億ドル(約0.6%)が米国民の約1%である最高税率70%の人から得たものだった等による。

 更に税率70%の対象になる実質所得は,今では1980年の3倍以上に昇る。社会全体のマネーの流れが変化している。最も良い例がキャピタル・ゲインだ。

 今の富裕層の収入は通常の所得よりもキャピタル・ゲインが占める割合が,1980年より大きい。キャピタル・ゲイン税は最高で20%。通常の所得なら最高で税率37%。富裕層はキャピタル・ゲインを収入の中心にして,税金を低く抑えられる。この制度も1980年代にレーガンと民主党の協力で出来た。その時は国際競争力の強化のために必要だった。

 だが今の米国のキャピタル・ゲイン税は低くなり過ぎた。しかもキャピタル・ゲイン税の約75%は米国民の1%程度の富裕層だけが払っている。キャピタル・ゲイン税を増やしても経済への悪影響は余り出ない。しかも確実に富裕層から税金を取れる。

 オカシオコルテスの提案を実行した場合,年間700億ドルの税収が増える。だがキャピタル・ゲイン税率を通常の所得と同じにすれば,同じ効果が出る!

 NYTも2月7日に配信された“Yes, Tax the Rich. But Do It Right.”で同様の提案を行っている。しかもキャピタル・ゲイン(売買益)だけでなく,配当への課税も強調している。しかし同時に,

  • 1.1万ドル程度の小額のキャピタル・ゲインへの税率は低くする。
  • 2.法人税の最高税率21%は(残念ながら)国際競争力維持のため据え置く。
  • 3.民営年金基金等は法人として黒字にならなければ増税にはならない。

といった配慮にも触れている。

 この3.は重要である。要するに金融資産で年金の拠出金を運用していても,その利益が年金給付金を上回らなければ,年金基金は税金を払わなくて良いと言いたいのだろう。

 さてワシントン・ポストが1月24日に配信した“Elizabeth Warren to propose new ‘wealth tax’ on very rich Americans, economist says”では,エリザベス・ウオーレン上院議員は,資産5000万ドル以上を持っている富裕層に対し,その資産に対して年間2%の富裕税を課すことを提言した。それは約75,000の家族から10年間に約3兆ドルの税収を増やす。

 だが同記事によればカリフォルニア大学バークレー校の左翼系経済学者エマニュエル・シーズとガブリエル・ズックマンでさえが,1000万ドル以上の収入に対し1%の課税をするというウォーレンの提案を,まず評価している。

 1990年にはOECD加盟国の12カ国が,何らかの富裕税を課していた。だが今は,4カ国に過ぎない。“富裕税が正しく富裕層に課されることを確実とするため,税額控除は高くなければならない。税率は低くなければならず,資本逃避を防ぐため極端に高い税負担を資本に強要することを避けなければならない”。

 左派系シンクタンクThe Institute on Taxation and Economic Policyも,アメリカ人の最も裕福な0.1%に対する1%の富裕税がオカシオコルテスの計画が10年間に収益で1890億ドルを増やすだけなのに対し10年間に1兆3000億ドルを増やすと主張。

 しかしWSJが2月3日に配信した“Elizabeth Warren Doesn’t Understand Wealth Taxes”によれば,

  • 1.自己資本を測るのが難しい。
  • 2.持主が住んでいる家は所得を招かないが投資の担保等になる。
  • 3.高価な住宅は予想売上高により評価するのが簡単だが密接に関係した企業の株は頻繁に売買されない。そこで市場から株の資産価値を評価することは簡単ではない。

 そこでズックマンは“資本の流れ”に着目し,それによって異なる種類の所得や資産を扱うこともできると主張している。

 以上の議論は非常に重要である。非常に低い税率でもキャピタル・ゲイン等に課税することは,売買益重視のバブル経済を抑止できる。逆に配当課税を低く抑えれば,株の長期保有を促進しバブル抑止に効果的である。今までの議論からして相当の税収増になる。そして法人ならば,控除その他の関係で,納税額を減らせるので,国際競争力も落ちない。

 このような考え方は実は予備選挙の初期段階でトランプ氏が主張している。だが“共和党大統領”になったため実行できていない。

 このような税制を下院民主党の穏健派と協力して,トランプ氏は実現できないか? それが出来れば民主党と協力して望ましい税制を実現した“無所属大統領”として2020年再選は確実に近くなる。相手の民主党も穏健派と極左で分断できる。そして米国資本主義を,バブル経済から正常化することも可能だろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1284.html)

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