世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1188
世界経済評論IMPACT No.1188

中東戦争は近いか?:サウジ人ジャーナリスト行方不明事件の深層

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.10.22

 サウジ人のジャーナリストであるカショギがトルコ国内のサウジ領事館内で行方不明になった問題は,米国メディアではトランプ氏と娘婿でホワイトハウス上級顧問のクシュナー氏による,イスラエルと穏健派中東諸国の協力でイランを抑えるという中東政策の失敗だという論調が多い。だがトルコで拘束されていた米国宗教保守派牧師の解放問題との関係性で見ると,違った見方も出て来る。

 ワシントン・ポストが10月12日に配信した“U.S. pastor Andrew Brunson leaves Turkey after being detained for 2 years”によると,トルコ政府は牧師釈放と引き換えに,カショギ氏行方不明事件に関する情報をサウジに要求するに当たって米国の支援を受けたいと言っている。またトルコは,イラン石油の約50%を購入しており,またロシア製S400防空ミサイルを購入してロシアに接近して来たため,アメリカから軍事援助の一部を停止され,また8月にはトルコ制の鉄鋼やアルミへの関税を2倍にされる等の制裁を受けてトルコ通貨リラが暴落していた。これらの制裁の解除も,牧師解放によって実現する可能性がある。

 しかし実はワシントン・ポストが10月7日に配信した“Disappearance and alleged killing of Saudi journalist Jamal Khashoggi could complicate U.S.-Saudi relations”という記事によれば,サウジも9月30日が期限だった米国製のミサイル防衛システム購入に関して20%も価格を下げてもらったにも関わらず回答せず,やはりロシア製のS400防空システム導入の方向で検討中である。そしてThe Atlanticが10月12日に配信した“The U.S.-Saudi Relationship Is Out of Control”という記事では,サウジは米国が東エルサレムを独立パレスチナ国家の首都に明確に指定しない限り,米国の中東和平協定案を支えないことを,明らかにした。

 どの記事でもサウジの最高権力者である現皇太子とクシュナーの関係に問題があったと指摘している。

 クシュナーに関してはロシア疑惑が最終的には彼で追求が止まるように仕組まれている。今回の中東問題も含めてクシュナーに全責任を被って貰うような計画も,トランプ氏にはあるのかも知れない。

 それは兎も角,前掲のワシントン・ポスト10月7日配信記事,The Atlantic10月12日配信記事等々の中でも,サウジがイエメン国内の親イラン勢力に対して非人道的攻撃を続けていることが大きな問題として指摘されている。The Hillが10月13日に配信した“Five things to watch for in deteriorating US-Saudi relations”という記事によれば,米国議会は今年3月から,イエメン問題を巡って,サウジに対する武器供与の停止等の制裁を行うことを試みて来たが,カショギ事件により,それを成功させようとしている。だが,それには時間がかかる上,国防上の問題に関しては大統領が撤回できる。何れにしてもトランプ氏は1100億ドルもの兵器取引を止めることは,アメリカの国家にも企業にもマイナスだと考えている。そこでワシントン・ポストが10月30日に配信した“Trump vows ‘severe punishment’ if U.S. determines Saudi Arabia killed Khashoggi”という記事を見ると,トランプ氏はトルコと同じ関税強化政策を,サウジにも取ることで今回の難局を乗り切ろうと考えている節がある。

 これなら大統領の権限で早く出来る。経済的に追い詰められたサウジは,イエメンの親イラン派への攻撃を激化したり,さらには脅威の根源を断つためイラン自体への攻撃も考えるかも知れない。

 ワシントン・タイムスが10月9日に配信した“Trump set on taking ‘America First’ to next level at U.N., diplomats say”という記事によれば,ヘイリー国連大使の辞意表明は,これから今まで以上に厳しい状況が予想されるためで,後任としてボルトンNSC担当大統領補佐官の国連大使時代の副官の名前が取り沙汰されている。そのボルトン氏が中心になって取りまとめたと思われる10月に入ってから発表された米国の新しいテロ対策政策では,今までの政権が避けて来た“イスラム原理主義との闘い”という文言が織り込まれている(FOX10月4日配信)。これはヨルダン等の穏健派諸国を敵に回すのではなく,イランを標的にしたものである。

 明らかに緊張は高まっている。これは推論だが,イランを追い詰めても中間選挙までに戦争にならなさそうなので,そこで以前から不快に思っていたが石油の問題等で我慢して来たサウジも,シェール石油が米国内で出るようになって来たこともあり,こちらも追い詰めることでサウジとイランさらにはトルコも巻き込んだ中東戦争を中間選挙までに起こすことをトランプ政権の一部は考えているのではないか?

 上記の幾つもの記事の中でも,トルコや米国の情報機関がカショギ氏行方不明事件がサウジ政府の指令によるものと証明するテープや録画を持っているとしている。保守派牧師解放事件もカショギ事件も中間選挙までに中東戦争を起こす布石なのかも知れない。

 そうなれば少なくとも下院で劣勢の共和党が劣勢を挽回できる可能性がある。そのような有事の際に大統領の政党を不利にする判断を米国の選挙民はしないのではないか? まして人権問題の絡んだ“聖戦”である。

 下院で民主党多数になったら軍事予算削減等で次に予想される対中戦争で米国が不利になる。それは日本も不利になることを意味する。

 中東大戦が起これば石油が来なくなって日本は困るだろう。だが,そういうことがなければ,国際政治の現実の中で生き抜く厳しさを実感しないのが日本人である。もし中東戦争が起これば憲法改正にも弾みが付くかも知れない。

 敢えて中東大戦が起こることに期待したいと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1188.html)

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