世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1136

米国のイノベーションは政府がリスクをとった

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役社長)

2018.08.27

これまでのイノベーションはどのようにして起こったのか

 タイラー・コーエンは「アメリカ経済は少なくとも17世紀以降,新しい有益なテクノロジーなど,経済版の”容易に収穫できる果実”(Low Hanging Fruit)に恵まれてきた。40年ほど前,その果実が手に入らなくなりはじめると,私たちはそれに気づかないふりをするようになった。しかし現実には,経済がイノベーションの停滞期に入っており,果物の木々は目を背けたくなるくらい丸裸になっている」と言っている。そのために「1970年代以降,アメリカ人の所得の中央値は極めて緩やかにしか上昇していない。2,30年毎に生活水準が2倍に向上し,人々が平均していまよりずっと経済的に豊かだった時代とは,状況が変わってしまった」(『大停滞』)。

 ところで,マリアナ・マッツカートは,『企業家としての国家』の中で,こう言っている。「アメリカは,民間セクターが引っ張って富を築いた国の典型であると思われているにもかかわらず,現実には公的セクターが起業家精神を発揮してリスクを取ってイノベーションに拍車をかけるという大規模な政策を実施してきた国である」「基礎研究であれ応用研究であれ,最もリスクのある研究を支援しただけではなく,非常に革新的な草分け的なイノベーションを作ってきたのは政府自身である。具体的には国は市場を創造したのであって,単に失敗した市場を救ったのではない」。アメリカには,「開発のリスクは国がとり,その報酬は民間企業に」という考えがあり,これはアメリカ憲法にもその精神が流れている。個人が開発投資に対して年$2,000を租税控除できる制度を持っている。つまり開発投資のリスクの一部を国がとっているのである。

 つまり1980年あたりからイノベーションが衰えてきたが,重要なことは,その中でもアメリカの国の開発機関がイノベーションを支えてきたことである。コーエンの言う”容易に収穫できる果実”は,1940年あたりから国家と一部大企業によりサイエンス志向で開発された基礎技術,応用技術であった。

 最近の半導体産業,コンピュータ産業,宇宙産業,通信コミュニケーション産業,IT産業も,その基礎技術・応用技術は,国立研究所,DARPA(国防高等研究計画局),SBIR(中小企業技術革新研究プログラム),NNI(国家ナノテクノロジー・イニシャチブ)や大企業の中央研究所などがリスクを取りサイエンス志向で開発した”容易に収穫できる果実”ものをベースにしたものである。クアルコムの技術も国が国防のために開発した技術を民間に使わせたのであり,アップルのiPhoneもその技術の重要なものは国家の開発したものであり,国家の支援を受けたものである。インターネットもiPodもそうであると言う。しかしその”容易に収穫できる果実”が2000年頃よりなくなってきたと言うのである。

 その”容易に収穫できる果実”を使って新しい商品を創るのはイノベーティブな小さな企業・ベンチャー企業である。普通の企業では”容易に収穫できる果実”は猫に小判である。だが”容易に収穫できる果実”を使ってiPhone,Smart Phoneを簡発したベンチャー企業アップルも,企業組織が大きくなると自身ではそれ以上のイノベーションができなくなっている。最近の商品のライフサイクルは極めて短くなり,Smart Phoneもすでに成熟期を過ぎてしまい,SNSも社会問題化しており,市場は新しい商品を必要としている。

 シリコンバレーの活動を率いているピーター・ティールは,これまでのアポロ宇宙開発計画から比べると,アップルのSmart Phone,グーグルの検索,フェイスブックのSNSは大したイノベーションではないと言う。その意味では,「今日はイノベーションが停滞していることに気付かなければならない」と言う。今日のシリコンバレーのイノベーションは,カニバリゼーションで,これまでの商品を消滅させ,デジタル化は国民大衆に職場を創造しない。スマホは,カメラ,デジタルカメラ,電話,専用携帯電話機,テレビ,ラジオ,専用ナビゲーション,健康管理機器,ゲーム機,予約サービスなどを駆逐している。同時にデジタル化技術,IT技術,AI技術は人間を必要とせず,人間を排除し始めている。これまでのシリコンバレーとは違ったイノベーションの取り組みをしなければならないと言うことだ。世界を変える,常識はずれの新しい世界を創るというイノベーションでなければならない。

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