世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1099
世界経済評論IMPACT No.1099

戦略なきクロスボーダーM&Aは失敗する!

桑名義晴

(桜美林大学 名誉教授)

2018.06.25

 近年,再びクロスボーダーM&Aが活発になっている。そのニュースが新聞紙面を飾らない日がないといっても過言ではない。最近でも,武田薬品のアイルランド企業の大型買収,富士フィルムのゼロックスの買収問題が大きく報道された。

 M&Aは,かつて日本では乗っ取りや背信のイメージが強く,敬遠する企業が多かった。しかし,1980年代のバブル期から日本でもM&Aを行う企業が増え,日本企業の海外進出の本格化とともに,クロスボーダーM&Aが増加するようになった。このM&Aはリーマンショック後しばらく停滞したけれども,この数年間で再び急増するようになっている。M&Aはグリーンフィールドに比べ,市場への参入など,時間を短縮してくれる,いわゆる「魔法の杖」でもあるから,昨今のようなグローバル競争が熾烈で,スピードが競争優位となる時代では有力な経営手段と考えられるようになったのである。

 しかも近年のクロスボーダーM&Aは,かつてのそれとはかなり異なるものとなっている。かつてのクロスボーダーM&Aは,どちらかといえば,海外の販路の獲得,生産拠点の確立などを目的とするものが多かったけれども,この数年でみられるM&Aは事業変革,新市場開拓や新製品開発を目指すものが多くなっている。したがって,大型M&Aであったり,買収先企業も,欧米先進国だけではなく,経済成長率の高い中国,インド,東南アジアなどの新興国の企業であったりしている。

 ところが,日本企業のクロスボーダーM&Aは,失敗するケースが多いといわれる。失敗が9割,成功が1割,10年以内の撤退が5割という人もいる。もっとも,M&Aの本家ともいうべき米国の場合も,その失敗の割合が70〜90%であるという調査結果もあるから,日本の数字もそれほど悲観することでもないが,クロスボーダーM&Aが今後の国際ビジネスの優劣を左右するものだと考えれば,それは看過できない問題である。では,日本企業にとって,クロスボーダーM&Aを成功に導くには何が重要な課題となるのか。

 クロスボーダーM&Aを成功に導くには,多くの課題があると思われるが,基本的には次の点が重要になろう。(1)M&Aの目的の明確化,(2)買収先企業の評価と選択,(3)M&Aのリスクとリターンの評価,(4)M&A後の統合である。ここで重要になるのは,これらの諸課題がその企業の戦略に対応して確実に実行されるかどうかということである。しかし,日本企業の場合には,これまでクロスボーダーM&Aといえども,一部の企業を除いて,多くはグローバル戦略に対応してM&Aが実行されてきたとは言い難いのが実情ではないだろうか。

 もとより日本企業の経営は,かつてM・ポーターが痛烈に批判したように,戦略なきオペレーション重視の経営であるので,クロスボーダーM&Aも「戦略なきクロスボーダーM&A」になりがちである。これでは,大きな戦略図に基づいて,買収先企業を発掘し,選択・評価し,さらには買収後の統合までスピディに展開する欧米企業に対して勝ち目がない。

 さらに,クロスボーダーM&Aの成功にはM&A後の統合問題も極めて重要な課題である。いうまでもなく,買収側企業と買収先企業とでは,経営理念,方針,マネジメント・システム,企業文化などが違う。まして外国事業同士になると,それらの違いが大きい。M&A後にその違いをどのように首尾よく統合するかが大きな課題になる。その統合が成功すると,シナジーが創出され,M&Aのメリットも倍加する。この統合プロセスでカギとなるのが,とくにヒトと企業文化である。

 買収される側の企業のヒトは,経営者,一般従業員を問わず,買収が決定した瞬間から,現在の地位,待遇,職場の文化の変化などについて不安をもつ。買収企業から送られた人間にコントロールされ,最悪の場合,解雇通告を受けるのではないかと疑心暗鬼にもなる。このような状況に陥ると,買収側企業と買収先企業との間で信頼関係が築かれず,シナジーの創出どころではなくなる。かといって,M&A後も,必ずしも適任とはいえない現地経営者に経営をそのまま任せたり,あるいは好ましくない企業文化を放置しておくわけにもいかない。買収先企業に信頼できる有能な人材がいれば,そのような人材を生かしつつ,買収企業側の経営理念,方針,マネジメント・システム,企業文化を移植・ハイブリッド化に努める必要があろう。この統合プロセスの成否も,買収側企業の戦略にかかっているのはいうまでもない。

 このように,クロスボーダーM&Aの成功には戦略が決定的に重要になる。したがって,「戦略なきクロスボーダーM&A」は失敗するのは火を見るより明らかだ。その意味では,クロスボーダーM&Aにはトップ経営者のコミットメントが絶対に必要になる。そのコミットメントなくして,クロスボーダーM&Aの成功はありえない。また,クロスボーダーM&Aは非常に複雑で難解な課題がともなうので,先進的な欧米企業のように,社内にM&Aのためのトップ経営者直属の専門組織の設置も不可欠である。さらに付言すれば,M&Aは「時間を買う」ための有効な経営手法だといっても,その成果が出るまではかなりの時間がかかることも忘れてはならない。ブリジストンのケースにみるように,M&Aの当初は失敗とみなされても,その後時間をかけて成功へと導いた企業もある。日本企業の経営の特徴は長期思考である点も,いま一度思い起こすことも大切ではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1099.html)

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