世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1064
世界経済評論IMPACT No.1064

中国の台頭を東アジアの人々はどう見ているか

西口清勝

(立命館大学 名誉教授)

2018.04.30

 平昌冬季オリンピックも終盤の2月23日と24日の両日に韓国・ソウル市にある中央大学(Chung-Ang University)で開かれた国際シンポジウム(“East Asia and the World after Globalization”)に予定討論者として参加する機会を得た。同シンポジウムのキーワードは“after Globalization ”(グローバル化以後)であった。ほぼ1980年前後を起点とし90年代初頭の冷戦の終結後急速に展開して行ったグローバル化が,2008年のグローバル経済危機により頓挫し,近年の英国のEU離脱と米国のトランプ政権によるグローバル化に背を向けた一国主義と保護主義により不透明さを増す中で,これまでグローバル化がもたらしたものを検証し今後を展望しようという明確な意図がこのキーワードには込められており時宜に叶った魅力的な企画であった。

 ところで,グローバル化以後の世界の政治経済において生じた最大の出来事の1つに中国の台頭(その裏返しとして米国の覇権の陰り)を挙げることにおそらく異論はないだろう。台頭する中国の中で最先端を行く省のひとつである広東省の広州にある曁南大学(Jinan University)のXi Jinrui教授はこのテーマを取り上げ私がコメントした。Xi JInrui(2018)の報告はAsian Barometer Survey(これについて詳しく説明する紙幅の余裕がない。詳しくは,http://www.asianbarometer.org,を参照)の世論調査を主要なデータとして用い,中国の台頭を東アジアの人々がどのように見ているかについて考察したものであった。しかし実は,このテーマには先行する優れた研究が国立台湾大学政治学教授で他ならぬAsian Barometerの共同代表の一人でもあるChu Yun-hanら(2015)によって行われている。そこで小論では,Chu Yun-hanらの研究を先に,次いでXi Jinruiのそれをその後に,取り上げた上で私のコメントを述べたいと思う。

 Chu Yun-hanらの研究はAsian Barometer Surveyの第3版(2010−2012年)の世論調査を基礎データとしていた。東アジアの人々は「中国の台頭を肯定的(positive)に見ているか否定的(negative)に見ているか」という世論調査に対して,東アジアといっても東北アジア諸国・地域(日本,韓国,台湾およびモンゴル)と東南アジア諸国(カンボジア,インドネシア,マレーシア,フィリピン,タイおよびヴェトナム)では対照的な結果が得られた。東北アジアの韓国と台湾では世論は肯定と否定が半々で分裂しており,日本とモンゴルでは否定的に見るのが圧倒的だった(モンゴルの場合は中国との地理的・歴史的関係が影響していると付言している)。他方,東南アジア諸国は6割から8割という高い比率で肯定的に見ていた。例外的なのはマレーシア(59%)とヴェトナム(55%)で,前者は人口に占める華人系の割合が高いことが,後者は中国との長く複雑な歴史的経緯が,各々影響していると推察している。次いで,中国の台頭について肯定的な認識を持つか否定的な認識を持つかを左右する要因の分析を行い,それには①経済的要因と②政治的価値観(自由で民主的な価値観を持つか否か)の2つがあるという。そしてここでも,東南アジア諸国が①経済的要因(中国経済の発展によって貿易と直接投資の機会が増え援助によってインフラ等の整備が進む,等々)を重視するのに対して,東北アジア諸国・地域は②政治的価値観(中国の政治体制は自由と民主主義が未発達で欠如している)を重視するというように,対照的であったと結論付けている。

 Xi Jinruiの報告では,Asian Barometer Surveyの最新版(第4版,2016年)の世論調査が基礎的なデータとして用いられていた。最新版を使用する理由としてXi Jinruiは,2012年に登場した習近平政権はそれ以前の政権とは大きく異なる対外政策を採用し中国の世界における役割は根本的に変化してきている。この習時代の中国の台頭を分析するには,習政権が登場する以前のデータであるAsian Barometer Surveyの第3版ではなく第4版を用いることが必要であると説明している。Xi Jinruiもまた,中国の台頭に関して東アジア(および世界)の世論には肯定論と否定論の2つの見方があるといい,そうした認識を左右する要因として①経済的要因と②中国の政治体制と政治的民主主義の意識の2つを挙げている。Xi Jinruiの報告の結論を要約すると次のようになろう。中国経済の成長は自国の経済発展に資するという理由で,東アジアの多くの人々は中国の台頭を肯定的に評価している。しかし,中国の政治体制が非民主的であるというイメージを彼らに持たれてしまえばその評価は傷つけられてしまう。中国の政治体制と東アジアの人々の民主主義に関する意識によって,中国の台頭についての評価は異なることになる。つまり,自由で民主的な価値の信奉者が中国の政治体制を非民主的であると認識する場合は中国の台頭は否定的な評価を下され,伝統的価値や権威主義的価値の信奉者で中国の政治体制がそれほど非民主的ではないと認識した場合は中国の台頭は肯定的に評価される,というのがそれである。

 Chu Yun-hanらとXi Jinruiの両者の見解を紹介したので,以下それに対するコメントを行い小論を締め括ることにしよう。

 まず第1に,Xi Jinruiの報告から。彼が習近平時代に入って中国がそれまでとは次元の異なる積極的な対外政策を展開してきており,そうした新時代の中国の台頭の分析に取り組もうとしている意図は良く分かる。が,肝心の習近平の対外政策の具体的な解明が行われていないのは竜頭蛇尾の感を持たざるを得ない。

 しかし第2に,彼がその報告の標題に中国の「イメージの刷新」を刻印していることは看過すべきではないだろう。確かに習近平時代に入って中国は新たなビッグ・プロジェクト(AIIB,一帯一路,等々)を次々と立ち上げる一方で,東アジアに限定しても東シナ海や南シナ海の領有権問題,メコン川開発に絡むダム建設による環境破壊,等々多くの国際問題を抱えることになった。そうした新たな諸事情を背景にして中国は国を挙げて標題にもあるようにその「イメージの刷新」や「イメージ・アップ」が必要な時代に入ってきている。彼の報告は,米国も日本もそうしてきたように,中国も今後そのイメージ戦略を強化し「ソフト・パワー」を重視して行くことを示唆している。

 第3に,Chu Yun-hanらの研究についてふれておくことにしよう。中国の台頭に関して,東北アジアの諸国・地域が中国の政治体制に懸念ないし脅威を感じ肯定論が弱いのに対して東南アジアの諸国の多くが経済的理由によって肯定論が強いという対照的な姿が彼らの研究により明らかになった。問題は,東南アジア諸国にとってこうした状態が安定的で持続的であり続けるか否かである。東南アジア諸国が中国の台頭を肯定的に見て歓迎できているのは,中国との経済関係を深化して最大限の経済的利益をあげる一方で,中国が安全保障上の脅威となった場合,米国に頼ることができると考えているからであり,実際にこれまではそうした構図が存在していた。

 しかし,第4にそうした構図が持続するかどうかに疑問符が付いてきている。トランプ政権による米国一国主義によってその影響力に陰りが見える一方で,中国はアグレッシブな海洋戦略(南シナ海)と南下政策(メコン地域)を展開してきており,その背後には軍事大国化の野心が垣間見られるようになっているからである。

 第5に経済要因について見ても,Sanchita Basu Das(2017)が指摘するように,ASEANの中国との貿易は近年(2005−2015年の期間)に3.1倍と主要貿易相手国(EU1.6倍,日本1.5倍,米国1.4倍)の中で最も速いスピードで増加しており,その結果ASEANの全貿易(2015年)に占める中国の割合は13.2%と他の主要国(EU5.4%,日本5.0%,米国3.6%)を大きく引き離している。しかも,貿易収支で見てみるとシンガポールを除くASEAN諸国は軒並み赤字でありかつ貿易赤字額も2008年の216億ドルから2015年の776億ドルへと急増している。中国への輸出機会の拡大を高く評価していた時期から過大な対中貿易依存のリスクと貿易赤字の急増をくいとめるために対応策を取らざるをえない時期へと移行してきているのである。

 昨年10月に開かれた中国共産党第19回大会での政治報告(2017年10月18日)において,習近平は欧米型の自由主義と民主主義とは一線を画した「中国モデル」で富国強兵を強め,建国100年の2049年までに「社会主義現代化強国」を建設するという長期ビジョンを明らかにした(『日本経済新聞』2017年10月19日付)。もはや台頭という言葉ではおさまりきれないほど大きな変貌を目指している中国は,東北アジア諸国のみならず東南アジア諸国の人々の中国認識をも今後根本的に変化させるに違いない。

[参考文献]
  • 1) Chu Yun-han, Liu Kang & Min-hua Huang (2015), How East Asians View the Rise of China, Journal of Contemporary China, Vol.24, No.93.
  • 2) Sanchita Basu Das (2017), Southeast Asia Worries over Growing Economic Dependence on China, ISEAS Perspective, No.82, Institute of Southeast Asian Studies, Singapore, 3 November, 2017.
  • 3) Xi Jinrui, Brushing Its Image: China’s Economic Power and Political Influence in Asia, Paper Presented at International Symposium, “East Asia and the World after Globalization”, held at Chung-Ang University, South Korea, February 23-24, 2018.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1064.html)

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