世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.903

国を誤る:小選挙区制と内閣人事局

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2017.08.28

 「貧すれば鈍する」と言うが,逆に「豊かな国ニッポン意識」が,思考停止をもたらしているのだろうか。日本は「豊かな国」か。「豊かさ」をよく表す指標かどうかは議論があるところだが,世界銀行のデータベースで2016年の一人当たり所得水準(GNI per capita, Atlas method,名目USドル)を高い順に並べてみた。日本の一人当たり所得は38,000ドルでデータの取れる国の中で23番目。大体OECD加盟国の平均と同水準(37,087ドル)。一番のお金持ちはノルウェーで82,330ドル。アメリカは56,180ドルだ。イギリスだと42,390ドルで日本に近づく。日本よりリッチな「途上国」を探すと,シンガポールが51,880ドル,香港43,240ドル,UAE40,480ドルである。「豊かな国ニッポン」だろうか。

 購買力平価で見てもストーリーはさほど変わらない。世界銀行のデータベースで2016年のPPPで見た一人当たり所得水準(GNI per capita, PPP,名目国際ドル)を見ると,一番高いのはシンガポールの85,050ドルでアメリカは58,030ドル。UAE72,850ドル,香港60,530ドル,サウジアラビア55,760ドル,日本は20番目で42,870ドルだった。生産性水準で見ると,さらに面白いことが分かるだろう。所得水準が「幸せ」の指標ではないが,「豊かな国ニッポン」と言えるかどうか,考えることは大切だ。

 経済発展とは庶民の暮らしがよくなることだ。「成長と公正」の両立と言い換えてもいい。日本の高度成長の背景には,「早く復興したい」,「豊かになりたい」,「先進国になりたい」という強烈な「想い」があった。これは国民共通の「想い」だった。この「想い」を想像できなければ,日本の高度成長は理解できないだろう。しかしこの「想い」は弱肉強食一辺倒の効率主義ではなかった。1954年8月に大蔵省が発表した『今後の経済政策の基本的考え方』では「コストの引き下げと雇用の拡大ということは相いれざる矛盾であるかに見えるけれども,この二つの要請を同時に達成することは,容易ではないにしても決して不可能ではなく,この点を解決して進むことこそ今後の経済政策の目標である」とはっきり述べている。

 山崎正和は,「ある時期まで,日本の役人は国士の気風を持っていました」と述べている(『舞台をまわす,舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー』中央公論新社,2017年,245頁)。いつ頃から「国士の気風」が失われたのだろうか。理想的な制度を作るのは人間社会では難しい。「小選挙区制」を導入して政権交代を実現しようというスローガンは結構だったが,制度を作るのは既得権益の笧の中で生きる政治家たちで,結局の妥協の産物だった。中選挙区制なら,派閥の弊害というコストと派閥間の狂騒による政治家の切磋琢磨というベネフィットを比べれば,ネットでプラスだったようだ。

 「内閣人事局」だって,理想的な政治家がやれば,これまた結構な仕組みだと思われたが,残念なことに,多くの政治家は「イエスマン大好き」。それが「忖度」を産み,お役人は国民のためではなく官邸のために働くようになった。「国士の気風」などという言葉は,永田町や霞が関からは消えてしまった。政治家の質が劣化し,お役人の質が劣化しているようだ。でも,突き詰めれば我々有権者の質が劣化したのだろう。ある昔の官房長官は,秘書官たちに,「嫌なことはすぐ自分の耳に入れろ,いいことの報告は忘れたってかまわない」と言ったとか。さらに「それは自分の所掌じゃない」と言うな,「人の分野まで踏み込んで仕事をせよ,文句を言う奴がいたら,自分に言ってこい」とも命じたらしい。

 福田康夫元首相は8月2日,共同通信のインタビューに応え,「国家の破滅が近い」と語ったらしい。加計・森友問題に関連して,安倍政権が2014年に発足させた内閣人事局によって幹部官僚の人事を官邸が掌握した結果,「各省庁の中堅以上の幹部が官邸の顔色を見て仕事をしている,恥ずかしく,国家の破滅に近づいている」いう(「「国家の破綻が近い」福田元首相が安倍政権を痛烈批判」『日刊ゲンダイ』,2017年8月3日;「変わったのは官僚か 政治か(風見鶏)」『日本経済新聞(電子版)』,2017年8月12日)。

 文科省は,来年度から東京都23区内の私立大学の定員を抑制するという(「23区私大 定員増認めず 来年度から,近く告示改正…文科省」『讀賣新聞(電子版)』,2017年8月13日)。そうすると若者の都内流入が減るというのだろうか。地方が活性化するというのだろうか。何も考えないパフォーマンス好きの政治家が文科省に圧力かけたのだろうか。

 いろんな所に何度も書いているので詳しくは言わないが,政策の有効性は,政府に対する信認に依存する。いまの政府は実現しないと政策目標を衣替えする。初めのアベノミクスの3本の矢しかり,待機児童解消しかりだ。日銀は何度物価2%目標を先送りしたことだろうか。

 最後に「おまけ」で憲法改正について筆者の意見。議会改革です。参議院は各都道府県定員2人,任期6年で3年ごとに半数改選。衆議院は国勢調査毎に5年ないし10年に機械的に一票の格差をなくすように選挙区を変更する。「一票の格差」については,最高裁判所は憲法裁判所としての役割を果たしていないと思う。

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