世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.861

「国際経済学研究センター」の設立

遠藤正寛

(慶應義塾大学商学部 教授)

2017.06.19

 慶應義塾大学に経済研究所という組織がある。経済学部附属である。ここに,2017年6月15日,「国際経済学研究センター」が設置された。この名前は,先に経済研究所に設置された「パネルデータ設計・解析センター」や「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」,そしてこれから設立される予定の「こどもの機会均等研究センター(仮称)」と比べると,もしかしたら凡庸な名前かもしれない。しかし,目指すものはこれら先行のセンターと同じ程度に新しい。ただ,新しい酒を古い革袋に盛っているかもしれない。

 このセンターの目的は,経済のグローバル化に伴う諸課題についての理論・実証・政策研究において中心的な役割を担うことだけでなく,経済のグローバル化によって国民の生活がより豊かに安全になり,かつ摩擦や利害の対立が軽減されるような制度の構築に資することである。この後者の視点が,本センターの特徴である。

 国際経済学者はこれまで常に,この分野が政治との緊張関係を生みやすことを認識してきた。そしてだからこそ,国際経済学者はこれまで,グローバル化の進展によって人々が豊かになるための指針を検討してきた。貿易政策を例にとれば,すべての国の経済厚生が上昇するような各国の関税引き下げスケジュールが研究された。また,他国との経済取引の活発化によって国内の所得分配が変化するので,所得が減少する人々への補償が必要であることが説かれた。

 しかし,このような指針は実際の政策にあまり反映されなかった。WTOのドーハ開発アジェンダで,理論的にパレート改善になるような望ましいスキームが,貿易障壁削減の指針として使われているわけではない。各国内の所得分配でも,いくつかの先進国では経済のグローバル化の進展で不利益を被ったと考える人々の増加を抑えられず,それがBrexitやトランプ氏の大統領当選の一因となった。民主主義,国家主権,グローバリゼーションの3つを同時に達成できないという主張も出た。そもそも,「貿易赤字は悪である」や「輸入の増加は失業をもたらす」という主張は,世界の国際経済学者が教室で,マスコミを通じて,政府の審議会で,これまで常にその誤りを指摘してきたにも関わらず,かの国の大統領にさえそれが伝わっていないことにも,無力感を感じる。

 グローバル化の利益が地球上のすべての人々に均霑するための制度を国際経済学者が構築できなかった理由の一つに,他の研究分野との共同研究が不十分であったことがあろう。国際経済学者は,国境を越える経済取引を水際で観察することは得意だ。しかし,国内の様々な経済主体にその影響がどのように及ぶかを辿ることや,不利益を軽減する国内制度として何が必要かを検討することは,これまで財政論,労働経済学,空間経済学など他の分野の研究者に任せてきた。共同研究をしても,分担の範囲を切り分けていた。

 本センターの射程には,国際経済学と他の分野との協働や融合によって,グローバル化の利益を増やし,不利益を減らす国際・国内制度の設計を国際経済学者自身が行うことも入る。経済のグローバル化から不利益を被る人を減らすのに,外国との経済取引を制限するのは賢明な策ではない。むしろ,不利益を被る人を少なくするような制度の構築が,より高質でより前向きな社会を次世代に残せる。そして,国際経済学者はこれに貢献できるはずである。

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